瞳を閉じていても、すぐそばに先生を感じる。
その証拠に唇の感触と唇がちょっとだけ離れるたびに小さく呼ばれるあたしの名前。
まだ17年しか生きていないけれど、生きてきた中で名前を呼ばれることがこんなに愛おしかったことなんて、あったかな。
包み込まれた先生の腕の中。ゆっくりと、ゆっくりと離れた唇と目の前の先生の優しい瞳。
まだまだ、夢から覚めることのないかのようにふわふわしていた。
「ナル子、」
目の前で呼ばれてようやくまっすぐ先生の瞳を見れた。
「せんせ…」
呼べばすぐに、ん?と返事をしてくれる。あたしはまだ信じられなくて、先生の白衣に触れて確かめるようにもう一度呼んだ。
「カカシ、せんせい?」
「…うん」
あたしの様子に気付いたのか、先生は、まるでここにちゃんといるよ、と言うように、あたしの手を握り締める。
「突然、すまんな」
"でも、さっき言ったこと。ホントだから。"
囁いたその吐息があたしの額にかかってそこにまたキスをされて。
さっきの唇のキスの甘すぎる余韻に浸ることもなく幸せは次々と襲い掛かる。
"さっき言ったこと"
思い返すこともない。もうすっかり脳内にインプットされている。
『好きだよ、ナル子』
脳内だけじゃなく先生の声が鼓膜にこびり付いて離れなくて。
「ナル子…?」
知らぬ間に、ぽたりと零れ落ちた生ぬるいなみだ。心配そうに見つめるカカシ先生の指先があたしの目尻に優しく触れた。
「せんせい…あたし、」
「…うん」
「あたし…っも、」
「…、」
「あたしも、カカシ先生が好き」
好き、誰よりも。
ずっとずっと前から、いっぱい遠回りをして寄り道だってして、ボロボロになって、あなたを忘れるために誰かを好きになろうともしたけれど。
だけどそれは最初から無理だったんだ。
あたしは結局、先生しか…カカシ先生しか好きになれなかった。
なみだが溢れる。
だけど苦しくない。悲しくない。
泣きながらも頬が自然と弛んでしまうと、つられたように心配そうにあたしを見ていたカカシ先生も優しく微笑んでくれた。
「…ありがとう」
呟いた先生が、涙に濡れたあたしの目尻に口づけて。
カカシ先生の大きい手があたしの頬を包んだなら、二人の視線が絡まって…またゆっくりと近付いていく。
何度目かの分からないキス。
だけどお互いの気持ちを確認して、通じて、初めてのキス。
確かめるように触れれば、離さないかのように引き寄せられて。
唇が触れるたびにジンと焦がれるみたい熱い。
カカシ先生…。
心の中で呼んでみても、伝わるように先生があたしを優しく見つめる。
いつまでも続く幸せに、夢なら覚めないで欲しい…と本気で思った。
だけどそれも伝わったかのように、夢じゃないよって言われているみたいに、深く深く、抱き締める先生の温かい腕。
遠くの方で、学校中に響く鐘の音がした。
「ねえ、先生」
「なに?」
「あたしね、言わなくちゃ」
「ん…?」
「あのね、えっと、ね…」
「…ああ、あいつ?犬塚、キバ」
「そう。キバにだけはね、ちゃんと言わないとって思ってる」
「ん…。一人で大丈夫か?」
「うん、あたしが一人でちゃんと言わなきゃ」
「分かった。何かあったらちゃんと言いなさいよ」
「うん…カカシ先生に迷惑かけちゃったら、ごめんね」
「迷惑だなんて思うわけないでしょ。俺が、お前に」
夕焼けに滲む空を、床に二人、ぺたりと座って眺めながら。
あたしの左手は、先生の右手としっかりと繋がっている。
ソファーに座れば、窓の外から誰かに見られてしまうから冷たい床に座ったのだけれどそれでも冷たさなんて少しも感じなかった。
一ミリも離れたくなくて、一時もくっついていたかった。
見上げればカカシ先生が微笑んでくれる。
大好きなその手をぎゅっと握れば。
もう離さないよ
耳元で囁いて、握り返したあたしの手に、王子様みたいにキスをするの。
end.
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