こうすれば楽だ、とか。
こうすれば丸く収まる、だとか。
そういう作業は割と得意だった。


…ただ、こんなにもどこか苦しいなんて、初めてで。



episode 〜kakashi ver.〜
act.7その後






走り去って行く彼女の後ろ姿を、見えなくなるまで眺めていたら。

「なーに見惚れてんだ?」

後ろから馴染みある声がして、めんどくさそうに振り向けば想像通りの髭面が不気味な笑みを見せていた。

「なんでもないよ、別に見惚れてないし」
「そうかぁ?俺には追いかけたがってるみてぇに見えたけどな」
「……気のせいでしょ」

さっきといい、今といい。いちいち他人に自分の中身を当てられていてつくづく自分に嫌気がさす。こうも分かりやすいのだろうか、少しだけ自分に自信が無くなったような気がした。

「ねえアスマ」
「あー?」
「俺の考えてること分かる?」
「はー?」
「俺って分かりやすいのかと思ってさ」

そう言えばアスマは隣りで、ん〜と唸り、それからこちらをじっと見据えた。何だか今の自分では見透かされそうで少し焦ったようにソイツの目を逸らす。

「さあなァ。俺にゃ分からん」
「…そう、」
「なんだよ、分かって欲しいのか?」
「まさか。分かんなきゃ安心したほど」

じっと見据えたくせにアスマの答えは呆気なくて拍子抜け。
ま、そんなもんでしょ。なんて思ったのもつかの間。

「でもなァ、たまに分かる時もある」
「え」
「さっきみてえに、アイツが絡んでるとな」
「…アイツ?」
「分からねえか?」
「……」
「分かってんだろ、お前も。アイツのことになると別人みてえに分かりやすくなる」

言いながら、目を細めるアスマを横目に。俺は何も言えないままだった。

「乱されてんな」
「…は?」
「アイツに」

ニヤリと笑うアスマはどこまで分かっているのか少しだけ恐ろしくなるほど。
だけどどこまでも的を得るアスマの言葉にやっぱり自分自身への苛立ちしか生まれなかった。

こんなことなら、いっそ…。

そう強く思ったのは、アスマと職員室へ戻りしばらく経ってから。
職員室までわざわざ教師を呼び出す生徒の姿。
あの時鋭く睨んでいた犬塚キバだった。

「先生、ちょっといいすか。オレの教室にいますんで」

そう言って早々に職員室を出て行った。
それを見ていたもう一人の同僚の紅が、

「カカシ、うちの生徒に何かしたの?あの子怒ってたわよね」

なんて呑気に聞いてきた。隣りのアスマは苦笑い。俺はため息を吐いて紅にさあね、と答えた。

それにしても、だ。
一体犬塚キバは俺に何の用なのか。もしかして今日、あの子とキバが二人でいるのを邪魔したからか?なんて思って思い当たることはそれしかなく、そんなことで呼び出されたのかと思うとまたため息が漏れる。

"乱されてんな"


アスマの言葉を思い出して、その通りだと思ったら何だか全てが面倒になった。

(何やってんの、俺)

呆れなのか諦めなのか。
その時は気にしなかったけれど、これが面倒が故の諦めだと気付かされたのは、呼び出された教室へと向かったときだった。

「先生、ちょっと聞きてえことがあんだけど」

鋭い目はそのまま、教室に着くと早々切り出された。

「アイツのこと…ナル子のことどう思ってんの?」

唐突。俺としてはあの二人でいた時を邪魔されたなんて文句を言われるのだろうと予想していたのに予想外の質問に言葉が詰まる。
それと同時に。
コイツにも自分の浮いた気持ちが現れていたのかと思うと自分の不甲斐なさにゾッとした。

「まさか…教師の分際で生徒が好きなんて言わねえよな!」

罵るように教室に響く声をわりと冷静に聞いていた。酷い言われ様だ、なんて頭の片隅で考えて。完全に冷えた脳内で思ったのは、やっぱり"面倒"という言葉だった。何もかも面倒だ。
いっそ、あの子を好きだと思ったあの感情なんてなくなればいい。

教師と生徒。
所詮この関係で恋愛が成り立つわけがなく、成り立ったってお互いが幸せになるかなんて分かりきっている。答えはノーだ。


「好きじゃないよ」

すんなりと出た言葉。ため息混じりと冷えきった脳内には覚えがある。
これがいつもの"俺"なんだ。

「好きじゃないって言ってるでしょ………うずまきのことなんて」

目の前の犬塚キバが眉を潜めたからそう繰り返して。はっきり名前まで言った時なんだか胸のつかえがスッとなくなった気がした。

…それなのに。

教室外から聞こえたアスマの声。アスマの口から呼ばれた名前が耳に入るなり、胸のつかえがまた再び押し寄せる。

「ナル子!いたのか?!」

犬塚キバが慌てて駆け寄る先に、その姿が見えて。彼女の瞳と一瞬だけ目が合った。
信じられない…、そう言っているような瞳が弱々しく揺れている。

胸のつかえがおりた、スッとした感じは一体何だったのだろう。思えば思うほど、苦しさが増えていく。彼女のその視線が捩れるように、痛い。

だけど、もう遅い。
後戻りなんて出来ない気がして。

「そういうことだから」

違うんだ。

「別にお前を、好きだからとかじゃないから」

違うんだよ。

「勘違い、しないでよ?」

本当は"勘違い"なんかじゃないんだ。
お前が聞いた「どうして優しくするの?」という問い。多分お前は、もう俺の気持ちに気付いていたのかもしれなくて。
それでもこんな冷たい目しか出来ない俺が最後にお前にきれい事を言うならば。


俺と一緒じゃ、お前は幸せになんかなれないんだ。お前には幸せになって欲しいから…ずっと、笑っていて欲しいから。


目に涙を浮かべて走り去って行く彼女を見送って、何が幸せになって欲しいだ、と自分を心の中で罵って。最後まで、泣かせてしまったのは自分だと思ったら情けなさが込み上げる。
この手で彼女の不安げな瞳ごと抱き締められたら、なんて今さらなことを考えるほど。

彼女の走り去る足音が消えていく。

ああ、こんなにも胸が痛い。





end.


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -