逢いたいと思った。
笑った顔が見たいと思った。
触れたいと思った。

知らない間に、こんなに募っているなんてね――。


episode 〜kakashi ver.〜
act.7その後







(…………)


朝の鐘が鳴る前の騒がしい廊下。
今日は一段と陽の光が目に染みる。
昨日は結局、家に帰宅してもベッドに入ってもモヤモヤと何かが渦巻いてあまり眠れず。
一人になって眠ろうとすればするほど、勝手に浮かび上がってくるのはあの子の色んな表情。

恥ずかしそうに笑うあの子の表情を思い出せば、何かくすぐったい気持ちになり、涙を流したあの子の表情を思い出せば、何故か詰まったように苦しくなった。

(…ったく。思春期じゃないんだから…)

そういう気持ちに陥ったのは自分なくせに、そんな自分を呆れ倒して。
だけどただ呆れることしか出来ない。
この気持ちをどうにかしようともどうにもならないようで。

(困った…)

そう思いながら、陽の光の眩しさに目を細めていれば。

(あ…)

廊下のちょうど曲がり角にさしかかった所で昨日からグルグルと思い出される張本人とばったり。
突然だったからか少しだけ鼓動が鳴った気がした。


「おはよ」

何事もないかのように普段通りに挨拶をすれば、じわりと頬を染めて俯くように小さな声で挨拶をし返してくれた。
その姿がなんだか無性に可愛くて今度は耳元で小さく「じゃ、図書室でね」なんて囁いてしまう始末。

なにやってんの俺…と思いつつも彼女の前では自然と口元が緩んでしまうらしい。
挙げ句の果てにはそのさらさらの髪の毛に触れたくなってしまう衝動に駆られたけれど、そこはどうにかこらえることが出来た。

彼女の横をすり抜けて自然と緩んだ口元から今度は小さなため息が零れる。

もしかしたらすでに取り返しのつかないところまで来ているのかも…なんて恐ろしい考えすら芽生えてしまう。
だけど朝一番に彼女に会えて気持ちが満たされていたのは確かだった。




そうこうしていると鐘が鳴り、ポケットに突っ込んでいた手がハッとした。

(名簿……)

何も持っていないことを今更気付き、勘弁してよ、と深い深いため息が出る。

(しっかりしなさいよ…)

なんて自分自身を叱責し、重い足取りで今来た道を戻れば突然誰かの怒鳴り声が聞こえた。

「さっさと答えろよ!」

(朝から喧嘩?)

めんどくさいなぁと思いながら声の聞こえる方へ行けば、そこにはさっき会ったあの子の後ろ姿。
その前には睨むように目を釣り上げた男子生徒がいる。
それだけなら良かったものの、その男子生徒が彼女の手首をギリギリと握っていたもんだから体が反射的に動いた。

(ちょ、)

見れば今にも泣きそうになっていた彼女の瞳を横目に。
痣が出来るんじゃないかというくらい握っているその腕を自分が思っていた以上力を込めて上に上げる。思わずそんな大人気ないことをしてしまった自分に少し驚きながらも、やっぱり何事もなかったように"教室に入りなさい"と諭せば、ギロリとそのつり上がった目を今度は俺の方へと向けた。

「早く入らないと遅刻になるぞ」

そんな目にはお構いなしにそう告げると舌打ちとともに「かっこつけやがって」とぼそりと聞こえるや否やスタスタと歩いていってしまった。
その言葉の真意と、尋常じゃないような怒りを含めたあの目が気になったけれど残された彼女の様子の方が気になってすぐに視線を移して見れば、やっぱり彼女の手首はじんわりと赤くなっていた。

大丈夫?と聞けば大丈夫です、とたどたどしく答え、やっぱりほんのりと頬を染める。その染まった頬を隠すように俯くから、せっかくさっき我慢した衝動が抑えられずにすぐに彼女の頭上に手を伸ばしていた。

触れたい、なんて思うのは…そう思ってしまう感情は、一つしか知らない。昨日から違うと首を振る自分は、もうその時にはいなかった。

柔らかい彼女の髪に触れていれば、あんなに眩しかった光が包み込むような優しい光になる。

彼女がいれば、途端にすべてが優しいものになるみたいに。
大袈裟だと言われても、彼女を前にすると自然と緩んでしまう口元がそう物語ってしまうのだ。




end.


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