面倒なことは嫌いだった。昔からそんなことからは目を背けてきた。

だから今回も。

お前は生徒で、俺は教師。

それ以下にもそれ以上にもならないよ。
だけどどうしてだろう?

なんでお前の"好き"は、こんなにも俺を掻き乱すの。



episode 〜kakashi ver.〜
act.5その後






しん、とする廊下。
もうほとんど生徒はいない。
扉を出る前にありがとうと呟いた彼女の顔は控え目だったけれど晴れ晴れしい笑顔だった。


「話ついたか?」
「…お陰様で」

職員室に戻る途中、先程力を貸してくれた同僚が喫煙室代わりの応接室で悠々と煙草を吸っていた。

「色男は大変だな」
「…からかわないでよ」
「ふん、羨ましいこった」

鼻で笑いながら言うその同僚に、俺は頭の中でどこが?と呟いた。
他の娘に殴られて、さらに泣かせるようなことすらしてしまった。元々俺は彼女の笑顔は嫌いじゃなかったのに。
まぁ、それも"生徒が可愛い"といういち教師の感情にすぎないのだけど。


「それにしてもよ、俺が行くよりお前が行った方が良かったんじゃねえのか?」
「どうしてよ?」
「お前に助けられたかったんじゃねえのかね」
「俺に助けられたら逆効果でしょ。もっと嫌がらせされちゃうでしょうよ」
「そんなもんかねえ、意外とお前もちゃんと考えてんじゃねえか、うずまきのこと」
「……大事な生徒だからね」
「ふ〜ん…」


何か言いたげなその髭面を横目にまだ感触の残る手のひら見つめる。

なんで俺、あんなことしちゃったの。

(出血大サービス)

なんて言いながら、あの子の手を握ったりして。俺を好きだという彼女にとってその行為が酷いものだと分かっていながら。

…勝手に体が動いたのだ。


「はあ、」
「なんだぁ?後悔でもしてんのか?」
「そんなわけないでしょ」
「ど〜うだか」

ふー、と盛大に煙を吐いたそいつをじとりと見やって息苦しくなる前にその部屋から出た。

まったくアイツは、何が言いたいの。

思いながらため息をひとつ。
だけど実際、アスマの言いたいことも分からないわけではない。勝手に動く体、気が付けば、あの子のことを考えている。
さっき彼女の頬を零れた涙、その姿が脳に焼き付いて離れない。

…勘弁してよ。

自分自身に呆れてしまう。

それなのに。

「誕生日、祝ってあげるよ」

とっさにまた、勝手に出てしまう言葉に内心苦笑いどころではなかった。

「抜け出せたならここにおいで」

スラスラと出る言葉。この口を誰か塞いでくれたらいいのに。
それでも嬉しそうに頬を赤らめる彼女を見れば、何かが満たされるような気持ちになって。


「遅くなっちゃったから送ってくよ」

どうしてこう、頭では分かっていることを実行に移せないのだろう。


「ずいぶん仲よしになったもんだな。まさかアイツの気持ち受け入れたんじゃねーだろうな」

彼女を家まで送ろうと、車の鍵を取りに職員室に戻るといつもの髭面にそう引き留められた。

「…そんなわけないでしょ。夜道危ないから送ってくだけだよ。生徒に何かあっちゃ大変でしょうよ」


あくまで"生徒"。正しいはずなのにその響きは何か引っかかる。


「俺ァ別にお前とアイツに何があろうと構わねえが。アイツを傷付けるような真似はするなよ、俺の生徒だ」


アスマの言い放った言葉になぜか少し苛立ちを感じた。
アスマはあの子の担任だ。そう思うのも当たり前で。
なのに、

(なんなの、これ)

舌打ちをしたくなったけれどそんな感情は押し殺して努めて平常心を保って、分かったよ、と返しておいた。

(俺はただ、生徒が心配だから送ってくだけでしょ)

誰かに言い訳するようにそう頭の中で繰り返す。
やがて彼女が待っている駐車場につくと、俺を見つけるなり嬉しそうな顔をして手を振る姿。


(そんな顔しないでよ、)

どう考えても理不尽なことが頭に浮かぶ。
そんな嬉しそうな、自意識過剰でもなんでもなく、俺のことを好きだってそんな顔。
されたら、俺は。

…俺は…?


「本当にいいんですか?」
「うん、もうこんなに暗いし。ほら、乗って」
「…ありがとう、ございます」

控え目に乗った彼女から少しの緊張感がひしりと伝わってくる。
毎日毎日使用しているこの車もなんだか彼女が隣りにいるだけで、いつもと違うものに思えた。


「あ、」
「え?」
「今気付いたんだけど、生徒を車に乗せるのお前が初めてだよ」
「そうなんですか?」
「うん、今までに、お前だけ」そう笑ってみせれば、一瞬にして顔を真っ赤にして俯いた彼女が街頭の淡い光の中で小さく、…嬉しい、と呟いた。
なぜこんなにも、その一言だけで動揺している自分がいるんだろう。
それどころか、そんな彼女の顔をもっと見たいだなんて思っている。

だけどそうこうしているうちに、彼女の家のそばに着いたようで。
あっという間だったな…そんなことを思ってしまう自分にほとほと呆れてしまう。

座席から下りて窓を開ければ、笑顔の彼女がこっちを覗いた。

「先生…今日はありがとうございました、プリン美味しかったよ」

そう言って笑顔の彼女はぺこりとお辞儀をした。俺はといえば、そりゃ良かったよ、とだけしか言えず。だけど明らかに頬が弛んでいただろう。

「じゃ、また明日」

言いながら窓を閉める。
瞬間、笑顔だった彼女が一瞬だけ寂しそうな顔をした。

(その顔は…反則でしょうよ)

ぴたりとギアを握る手を止めてしまった俺だったけれど後ろから来た車のライトにはっとして再び動き出した。
窓を閉めて走り出した。
バックミラーには彼女の姿。
なんだか胸らへんがぐっと握られる思いがした。


人通りや車通りの少ない路地に車を停めた。
街頭がないのに薄い雲に覆われた月の光がぼんやりと辺りを照らす。

「……」

…危なかった。
背もたれに凭れながら、そう思った途端脱力した。
あんな露骨に寂しそうな顔をするもんだから危うく手を伸ばしてしまうところだった。

(何やってんのよ、俺)

呆れながらもさっきまで彼女がいた座席を見つめて。…離れがたい、そう思ったのも確かだった。

(どうしようもないね…)

思わず盛大なため息を吐きサンルーフから夜の空を見上げる。
そこには自分の心を表すかのようにモヤのかかった月が不安定に浮かんでいた。




end.


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