手を引かれ、歩くあたしたちには珍しく会話がなく。
見上げれば、雨上がりの綺麗な夕日とキバの後ろ姿。しっかり握られた手からキバの温度が感じられて不安定だった心が静かに落ち着いていくのを感じた。

「ただいまーっと…誰もいねえのかよ」
「お姉さんたちいないのに上がっても大丈夫?」
「何言ってんだよ、こないだまでしょっちゅう来てただろ?」

言われてみれば、キバの家はそう珍しくなかった。小さい頃からよくみんなで遊びに来てたから。だけどなんだかそわそわしてしまうのは、キバと二人っきりってことと、そして…。

「お前風呂入れ!姉貴の服貸すから」
「…うん、ありがとう」

キバに好きだと言われた間柄になってしまったこと。

なのにキバは何でもないように普通に接してきて。

(気、遣わせちゃってるのかな…)

不安になったけどとりあえず今は言われた通りにシャワーを借りた。
冷えた体は夏だからかすぐにあたたまっていく。



浴室から出れば、きちんとあたしの着替えらしい服が揃えられていて、何から何まで助けられていることに今さらながら申し訳なさを感じて。
二階のキバの部屋に着いた途端、ごめんね、と小さく呟いた。本当はいち早くありがとう、と言うべきなのに最良なことがピンと来ずどうかしている。

「謝んなって!ありがとうなら受け付ける!」

案の定指摘されてしまったけど、そう言うキバの表情はいつもと一緒でニッと笑った顔にあたしはとても安堵した。

「あったまったか?」
「うん、すごくあったかかった」
「そーか。そりゃ良かった!お前の制服、今乾燥機かけてっからよ」
「ホント?ありがとう…」
「おう!っつーかお前ちょっと来い」
「え?なに?」
「いいから!」

来いと促されてドアの前で立ち尽くしていたあたしはキバ専用らしい白いふわふわのクッションの前へとおずおずと寄っていけば。

ばさり。

突然上からタオルを頭に被せられゴシゴシと擦られる。

「髪濡れたまんまじゃ風邪ひくだろ。風呂入った意味ねえじゃん」

ゴシゴシと乱暴なように見えて実際は微かに指が当たる程度に優しい。

何から何まで至れり尽くせり状態であたしは少しこそばゆい気持ちになった…なんて、調子がいいかな。
柔らかいタオルがあたしの髪の水分を拭っていく。キバの顔は見えないけれど、きっと優しい顔をしているに違いない。
そんな自意識過剰なことばかり思うのは、告白された時からキバの気持ちが直に伝わってくるから。
あたしを大事に想ってくれていることがヒシヒシと伝わってくるから。

どうして優しくするの?

万一、そんなことを聞いたって期待通りの答えが返ってくるだろう。

(キバといれば…勘違いなんてしなくてすむかな…)"勘違い、しないでよ?"

あの冷たくて突き放すような声がまた頭に響いた。だけどそれを癒やしたのは、優しくあたしの髪をタオルで拭くキバの指先。

(キバ…ありがとう)

そう心の中で呟いたとき、いきなりキバの顔が見えた。タオルで隠されていたらしいキバの顔がどんどんと近付いて。
近付いてくるたびに胸のあたりがドキンドキンと疼いている。

ドキンドキン、

鼓動の音を聞きながら、キバとあたしの隙間が埋められていく。
15センチ。
10センチ。
5センチ。

戸惑いながらも動かない体。何も喋らないキバ。あたしは思わず堅く瞼を閉じてしまって。

二人の距離はあと数センチの瞬間だった。

…こつり。

鼓動の音が大きく鳴り響く中。ぶつかったのは、あたしの額とキバの額。

「…?」

恐る恐る目を開けてみた。キバをこんなに近くで見るのは生まれて初めてかもしれない。

「ごめんな」
「え…?」

思いも寄らない言葉にあたしは少し驚いたけどそれでもキバはあたしから視線を逸らさなかった。

「アイツに…あの先生にあんなこと聞いてごめんな」
「………」
「お前を苦しませたくねえのに、苦しませちまった」

いつも以上に近くで見るキバは、とても悲しそうな顔をしていた。
今にも泣き出してしまいそうで、ちくりと胸の奥が痛くなる。

「…キバのせいじゃないよ」
「……」
「キバがあの時聞かなくても、いつかあたしが聞いてたと思う。そしたらきっと答えは同じ」

好きなんかじゃないって言われるんだよ。

それを聞いたキバは静かに額を離す。
呟いたあたしは、もう泣きじゃくっていた時よりもだいぶ気持ちが落ち着いていた。
やっと心から受け入れられたような、そんな感じがして。
少なからず、屋上で泣きじゃくっていた時はどうしても現実を受け入れられなかったんだと思う。
何かにまだ、期待していたのかもしれないなんて…どれほどあたしは滑稽なんだろう。

「オレは好きだナル子、お前が好きだ」

そんなあたしにこんなにも熱いストレートな告白。一旦やんだ鼓動がまたとくとくと走り出す。

「お前がアイツを吹っ切るまで、オレはいつまででも待つ」
「キバ…」
「オレを好きになるのはそれからでも構わねえよ」

額を離したとはいえまだ至近距離であたしを見据える瞳が、真っ直ぐで鋭くて。
ちゃんと根を張って立っていないと気持ちごと持っていかれそうになる。
何も言えずに俯くあたし。今、この壊れた心を直したくて、カケラだけでも守りたくて。
見上げればきっとその瞳に縋ってしまう。それじゃあきっとキバに失礼だから…けじめをつけてからじゃないといけないから。

俯くことしか出来ないあたし。キバももう、何も言わず気まずい雰囲気が漂った中。

ワンッ!

すぐそばで聞こえた犬の声にあたしは驚いて顔を上げた。

「…おい赤丸!空気読め!」
「赤丸…?」

見上げたそこには白いふわふわのクッションだったはずのものがふるふると動いてるのが見えて。

「赤丸って…え?赤丸?!こんなにおっきくなったのー?!」

思わず大声を出せば、ワンッ!と返事が返ってきた。その瞬間、さっきの気まずさはどこへやら。
あたしたちは二人で吹き出して笑っていた。「お前、全然気づかねえんだもんよ」
「だってクッションだと思ったもん!」

ハハハと声を出して笑ったのは、そう時間が経っていないはずなのに、しばらく笑っていないような気がした。

もしかしたら。
キバといれたら、いつまでも笑っていられるのかもしれない。

そう思わずには居られないほど、部屋の中はしばらく笑い声が響いていた。




end.


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