突き刺さるように降る雨は、すでに痛みを感じない。服もびしょぬれで冷たいはずなのに、それすらも感じなくて。

「…ナル子」

だけど。
大声で泣くあたしに何度も何度も慰めるように優しく名前を呼ぶキバの声。
その声も、背中をさすってくれる手も優しくて。
その温もりのあたたかさだけは感じることができた。

「ナル子、大丈夫か?」

泣くだけ泣いたあたしに、もう一度キバがあたしの名前を呼ぶ。
キバの胸元からおずおずと顔を上げれば、八重歯を見せながらいつもの笑顔を見せたキバがいた。

「あーあー、ひでえ顔」

ハハ、と豪快に笑って大きな手の甲が涙や雨でぐしゃぐしゃになったあたしの頬をぐいっと撫でて。
そうかと思えば、すぐに心配そうな表情に変わって大丈夫か?と問いかけた。

「ん…、ありがと。キバ」

ようやく話すことが出来たけど、なんだか体には力が入らなくてまだ立てずにいる。
そんなあたしを分かってか、キバは抱き締めていた両手を緩め、あたしの肩を抱えた。

「立てるか?」
「…うん」
「とりあえず帰るか」
「…うん」

肩を抱えられて屋上をあとにする。

あんなに泣いたのに、こうやって落ち着いてみるとなんだかさっきのことが夢みたいに思えて。
だけど思い出そうとすれば、確実に蘇ってくる。"勘違い、しないでよ?"

その声は、本当にすぐそばでいつまでも聞こえてきそうでそうすればじわりとまた瞼が熱くなった。


「ナル子、お前オレんち寄ってけよ。このままじゃ風邪ひいちまう」
「…で、でも」

こんなにキバに甘えてもいいのかな…。
答えを決められずにいるあたしにいいから寄ってけ!とキバの手があたしの頭をぽんと撫でる。

「待ってろ!今荷物持ってくっから」

あたしを不安にさせないような笑顔でそう言うとキバは荷物を取りに教室へ向かった。

あたしはといえば…。
キバに頭を撫でられたとき、瞬間的に浮かんだ先生の優しい顔。
あたしの頭を撫でる時は決まって優しい顔をした。

…最低。
こんなにキバが優しくしてくれているのに。
あたしを慰めてくれているのに。
こんなあたしを、好きって言ってくれているのに。

こんな時にすら、先生のことを考えているなんて。

(あたし…最低だ…)

雨でびっしょりと濡れたスカートを握りしめれば本日何度目か、じわりとまた涙が溢れてきた。
キバへの罪悪感、それだけじゃない涙の意味が自分でも許せなかった。


「うずまき、」

今にも涙が流れ落ちてしまいそうになった時、後ろから低い声が聞こえてとっさに目を擦って涙を拭う。

「アスマ先生…」

そこに立っていたのは、珍しく心配そうに眉尻を下げたアスマ先生で。

「お前すげえ格好だな」
「…はい、ちょっと濡れちゃって」
「職員室行けばタオルあるが…その様子じゃ誰か待ってるのか?」
「キバ…犬塚くんが今来ます」

そこまで言えば、そうかと安堵するようにため息を吐いた。

「家まで送ってもらえ、この土砂降りじゃあ危ねえからな」
「…」
「それとなァうずまき。アイツの言ったことは本心じゃねえと思うぞ」
「…アイツって…?」

びくり。
体が反応してしまうほど"アイツ"という人物が誰か、本当は分かっていたのに聞いてしまう自分が情けない。
…まだ、何かを期待しているみたいじゃない。

「アイツってほら…あー…なんだ、」

言いづらそうに言葉を濁すアスマ先生を見ていたら何だか申し訳なくなった。

「いいんです、もう」
「あ?」
「あたし、吹っ切れました!」
「うずまき…」
「それにあたしすぐ勘違いしちゃうから…期待しちゃうから」
「………」
「って期待しちゃうも何も、生徒が先生に迷惑かけちゃいけないですよね!」

お騒がせしてすみません!
無理やり笑って、ぺこりとお辞儀をしたあたし。眉間にしわを寄せて何か言いたそうにしているアスマ先生の後ろから荷物を持ったキバの声がした。

「ナル子ー!荷物これでいいのかー?」
「あ、うん!ありがとう!…じゃあアスマ先生、さようなら」
「…おう、気を付けて帰れよ」


そう言って、眉を潜めたままのアスマ先生を横切って。
まだ思うように動かない体。フラフラと歩いていれば隣りに来たキバが優しく支えてくれた。

「ありがとう…キバ」
「お前、ばあちゃんみてえだな」

ハハハと笑ったキバを見上げる。
びしょ濡れになったキバの焦げ茶色の髪から雨の雫が滴り落ちていた。

「キバも風邪ひいちゃいそうだね」
「あー?オレはそんなにヤワじゃねえよ。それにもうすぐ晴れるぞ!」

何で分かるの?と聞けばすかさず「匂い!」と返ってきて。
そんな野性的な答えにあたしは思わず吹き出していた。

「よし!雨上がったらダッシュでオレんちな!」

あたしが笑えば、キバはとても嬉しそうで。
支えられている手は大きくて。
うっかりあたしは、どうしてキバを好きにならなかったんだろうなんて。狡いことを考えている自分に腹が立った。

「ホントだ…雨、上がってる」

外に出る頃にはあんなに降っていた雨は止んでいて、代わりに生暖かい風が吹いている。

いつの間にか、支えられていた肩から離れたキバの手が、ぶらりと垂れ下がったあたしの手をしっかりと握っている。

「…帰るぞ!」

それに気付いたあたしを分かってか、キバはほのかに顔を赤くしてぶっきらぼうに呟いた。

「…うん」

昇降口から校門へ。
歩いている時に、ふと見えた図書室の隣り。微かに明かりがついていて、開かれた窓からカーテンが揺らいでいる。

…居るのかな。

そう思ったら、なんだかとても苦しくなって。
あたしは縋るように、キバの手をぎゅっと握っていた。




end.


back

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -