「あ、おはよ」

本日一番に挨拶をされたのは、昨日あの場所でプリンをプレゼントしてくれてその上遅くなったからと家まで送ってくれたカカシ先生で。
本当は夢だったんじゃないかな…とさえ思ったけれど、昨日は遅くなってごめんネ、なんてこっそり言う先生を見て夢なんかじゃないと今更ながら確信した。

…と同時に。
こっそりとあたしの耳元で話す先生に、あたしの鼓動は尋常じゃなく鳴り響く。聞こえちゃうんじゃないかと心配になるほど響くそれは今までで一番のような気がする。

「じゃ、また図書室でね」

いつも通りの優しい微笑み。昨晩は月の光に照らされていた先生の銀髪が、今は太陽に照らされて綺麗に揺れる。いつものくすんだ白衣を翻して歩く背中をぼんやりと見つめていたら、誰かにぽん、と肩を叩かれた。

「なにぼうっとしてんだ」

振り向くとそこには普段つり上がった眼を少しだけさらにつり上げたキバが立っていた。
なにか怒ってるの?そう聞く前にキバの方から口を開いた。

「昨日、どこ行ってたんだ?」
「え?」
「あとで言うって言ってただろ」

何故か、キバには言う必要がないなんてことを言うことが出来なくて、あたしは言葉を詰まらせる。答えられずにいれば、タイミングよく朝のショートホームルーム前を知らせる鐘が鳴った。

「あ!チャイム鳴ったよ!行かなきゃっ」

慌てて走り出そうとした。だって言えるわけがない。先生に会いたくて学校に行ったなんてこと。
キバの問い掛けをはぐらかすにはちょうど良く鳴る鐘の音。あたしは良かったと安堵しながら走り出そうとした。
だけど、今日のキバはなんか変だった。

「待てって!質問に答えてねえだろ」
「だってチャイム…!」
「じゃあさっさと答えろよ!」

腕を掴まれ、怒鳴られた。
そんな様子のキバにちょっとだけ苛立ったけど、苛立ちよりも何故怒っているのかという疑問の方が大きくて。

「いたいよ、キバ。…なんか今日変だよ?」
「ナル子が答えねえからだろ」

ぼそり呟いて、腕をぎゅっとさらに強く掴んだ。

どこ行ってたんだよ?

改めて言うキバの瞳があまりにも鋭くてそらせない。
言ってしまうしかないの…?
そう思った次の瞬間。

「教室に入りなさい」

一瞬で分かる大好きな声音。それと一緒にふわりと掴まれていた腕が軽くなった。

「先生…」

「早く入らないと遅刻になるぞ」

キバの手を掴む先生は、さっきの優しそうな微笑みは消えていて。
舌打ちをしたキバがなにかをぼそりと呟いて、教室へと歩いて行った。

取り残されたあたしは、ハァと一息安堵の深呼吸を漏らす。

「大丈夫か?」
「え?」
「腕、赤くなってる」

見ればキバに掴まれた腕がくっきりと赤くなっていて。ふと見上げれば先生が心配そうにあたしを見下ろしていた。

「こっ、このくらい大丈夫です!すぐ治ります」

その心配そうな表情にドキリまた鼓動が鳴る。
きっとこの腕よりも、顔の方が赤くなっているに違いない。
それを隠すようにアハハと笑えば、ふわり、頭上にふってきた手のひら。

「なら良かった。お前も早く教室に行きなさい」

きっと今先生は。さっきの冷たいような表情ではないだろう。
優しくて、大好きで、切なくて。
きっとそんな微笑みをしてあたしを見ているとなんとなく分かる。
だって泣いてしまいそうなくらい優しい声音だったから。

下を向いたまま小さな声で、はい、と呟いてあたしは教室へと走り出す。先生の顔は見なかった。
見てしまったらきっと、"好き"という二文字を口にしてしまいそうだったから。

まだ鳴り止まない鼓動の中、どうしてそんなに優しくするの?なんてまた自意識過剰な問いが頭に浮かぶ。
そんなあたしを、あのつり上がった鋭い眼が見ていたことにはちっとも気が付けなかった。



end.


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