ぺたり、上靴を履いていない足が床のひんやりとした温度を感じる。
シカマルの家から出て、ちょうどバス停には学校の方向へと走るバスが停まっていた。もちろん今度は睡魔に襲われることもなく窓辺から流れる景色を眺めながら、やっぱり先生のことを考える。

(昼間はああ言っていたけど、本当にまだ学校にいるかな…?)

ふと、不安になった。
でもすぐに思い直して前を見据える。

いるかどうかなんて分からない。会えないかもしれないけれど、それでもあの場所に行きたい。

そんなことを思いながら、着いた学校は思いの他明かりが着いていて。どうやら遅くまで残っている部活動の生徒や生徒会の生徒たちもいるようで。その中にうっすらと着いた明かりを見つけた。
図書室の隣り。きっとそこに、先生がいる。

上靴を履かないまま、小走りに向かう廊下。誰にも会うことなく目的地に到着した。
がらりと開けた図書室のドア。真っ暗な図書室の入って左側。もう一つのドアの前にゆっくりと歩いた。

「…………」

ノックをしようと握った拳に緊張が走る。
コンコン、と控え目に叩いたそのあとに聞こえてきた気だるい声。
聞きたかったその愛しい声に、少しだけ涙が出そうになった。

「ハイ、開いてるよ」
「…失礼します」

力を込めてゆっくりとドアを開けた。

「いらっしゃい」

ソファーに座っていつもの本を読んでいる。
そこにいるのは紛れもなく会いたかったその人で。

「ホントにいた…」
「嘘だと思ったの?」
「だって、信じられなくて」
「言ったでしょ。お祝いしてあげるってさ。生徒に嘘はつきません」

言いながら立ち上がった先生は冷蔵庫のある場所へと歩いていく。

「生徒」。その言葉ひとつで、壁が出来ていると感じ落ち込んでしまったあたしは情けなくて仕方がない。
もう振られているのにも関わらずこの有り様だ。
ハァ、とため息をついた時何故だか甘い香りがした。

「何?ため息吐いちゃって。やっぱり抜け出してきたくなかった?」

言いながら、テーブルの上にはフルーツと生クリームがいっぱい乗った美味しそうなプリン。

「先生?これどうしたの?!」
「だからー、お祝いするって言ったでしょ」
「もしかして、あたしに?」
「他に誰がいるの」

ハハ、といつものごとく眉尻を下げて笑う先生。その笑顔を呆然と眺めるあたしに気がついた先生はより一層目を細めた。

「誕生日、おめでとう」

うっすらと着いた室内の明かりよりも、窓辺から入る月明かりが先生の笑顔を照らして。
あたしはというと、その笑顔を数秒とみる前に目の前はどんどんと滲んでいく。

「泣かせるつもりはなかったんだけどネ」

ポリポリと頬を掻きながら、慌てたようにスプーンを手に取って、

「とりあえず一口食べなさい」

と無理やりあたしの口に押し込んだ。
甘く広がるプリンの味と目の前にはやたらとプリンの味を気にする先生。

「どう?美味い?」
「…はい、すっごく美味しいです」
「そう、なら良かった」
「先生は食べないの?」
「俺、甘いもの苦手なの」

そういうのも初めて買ったんだよね、と安心したようにふーと息を吐く先生がなんだかおかしくて。

「何笑ってるの」
「ケーキ屋さんでこれ選ぶ先生想像しちゃいました」
「あーなんか、30過ぎたオッサンがプリンを一つだけ買うって恥ずかしかったよ」
「あはははは!」
「笑ってないで食べなさい」

いつの間にか、涙も引っ込んで。甘く広がるプリンとフルーツの味を感じながらお腹を抱えて笑っていた。
その様子を見ていた先生も最初は恥ずかしそうにしていたものの、すぐに目を細めて笑っていた。

「先生、本当に美味しいよ。ありがとう」

笑いながらそう伝えれば、至極優しい笑顔を向けてくれる。
勘違いでもしてしまいそうだと頭のどこかでそう思ったけど。
今はただ先生と二人でいるこの空間がとても居心地がよくて、大好きで。

いつもと違う時間、窓辺からは優しい光。
甘くて美味しいプリンとフルーツと先生が淹れてくれたコーヒーと。

司書室に広がる笑い声を聞くたびに、増えてはいけない大好きがどんどんと増えていくのをあたしはまだ気付いていなかった。



(甘く、あまく。広がるのはプリンの味だけじゃなくて)



end.


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