「抜け出せるなら、ここにおいで」

その先生の言葉が抜けないまま、翌日になってしまった。
授業が終わり、教室中に響いたのは隣りのクラスのキバの声だった。

「ナル子ー!行こうぜ!」

教室内に自分の名前が広がったことに少し恥ずかしさを感じながら、うーん!待ってー!と返事をして帰り支度をする。

「なにナル子!あんた犬塚くんと付き合ってんの?!」

隣りの席から友達がそんなことを言えば、そうなの?!と次々に声がした。

「いいなぁ、犬塚くんかっこいいじゃん!」
「ナル子、一体いつから?!」
「キバは中学の友達!そんなんじゃないって」
「ほんとに〜?」

ほんと!と言おうとした時、何故かキバがあたしの机までズカズカと歩いてきた。

「ほら、何モタモタしてんだよ!」
「ごめん!今行くー!」

じゃあ、と周りに手を振ろうとした時、やっぱりね、みたいな目であたしを見る友達。何故か考えてみれば、キバがあたしの荷物を持ってくれたようで。そんなこと、キバは昔からなのにそう言うのも面倒になり、改めてじゃあね!と手を振って教室を出た。

「キバがおっきい声で呼ぶから変な誤解されちゃったじゃん!」
「あー?そんなのさせとけよ、バス乗り遅れちまうぜ」
「そっか!シカマルんちってバスで行くんだっけ!そういえばヒナタは?」
「サクラと買い出し行くっつって先に行った」
「へえ〜キバ置いてかれたんだ〜」
「…ハァ、お前馬鹿だろ」
「なんでよ!」
「分かんねえならいいー」

もう一度ハァと呆れたようにため息を吐いた前を歩くキバの背中を眺めながら、あたしはハテナマークを浮かべて。
それでも次に話し掛けられた時は、すでに何もなかったような態度だったからあたしも気にしないことにした。
バスに揺られて何分か。
ちょっと寝そうになりながらも、目を瞑ってしまえば銀髪のあの人がすぐに浮かぶ。
好きになって、そういう癖が出来てしまった。しかしそんな癖にも浸れずに、隣りからはキバの声がした。

「よだれ」
「えっ!」
「汚ねえなお前」
「き、気付かなかったの!」
「しっあわせそうな顔して。なんかあったのか?」
「えっ!別に!なにも!」
「ふーん」

まさか、先生のこと考えてましたなんてことは言えない。その前にこの恋を知ってるのはサクラだけだ。
ふーん、と言ったわりに夢でも見てたのか?だとかどんな夢?だとかしつこく聞いてくるキバを適当に交わしつつ、あっという間に目的地に着いた。

バスを降り、シカマルの家まで数分とかからない。すぐに玄関あたりまで行けば、ガヤガヤと声が聞こえた。

「遅いー主役ー!」
「早くしてよ、僕お腹空いちゃった」
「チョージ、おめえはさっきピザ食っただろ」

部屋に入れば、相変わらず甲高いいのの声が聞こえて、続けていつも穏やかなチョージと、あたしたちの後ろから何個かのコップを持ったシカマルの声が聞こえた。

「シカマル!お邪魔します!」
「なんで俺んちなんだよ、めんどくせえなぁ」
「シカちーん、そんな事言わずにさぁ」
「うぜえ、ひっつくな」

いつ見ても仲がいいシカマルとキバを横目に奥に進んでみれば、お馴染みの顔ぶれがすでに集まっていた。

「おせーってば!ナル子!」
「ごめんナルト!先に食べてて良かったのに」
「主役が到着したことだし乾杯しましょうよ!」

サクラの一声でみんなは急いでコップにジュースを注ぐ。

「みんな準備いいわね〜?!それでは!ナル子の誕生日を祝して!かんぱーいっ!」

かんぱーい
おめでとー

いのの乾杯の音頭とお祝いの言葉で漸くパーティーが始まった。
懐かしい話や、他愛のない話で盛り上がる様子は久しぶりに集まったと思えないほど楽しくて。
そしてみんなに誕生日をお祝いしてもらったことも嬉しかった。

だけど話の中でさり気なく入ってくる先生の話題。ナルト達の担任だから仕方ないとは言えいちいちその名前に反応してしまう自分がいる。
振られたはずなのに、諦める気なんてないんじゃないかと思うほど、先生に反応してしまう。

そんな自分に嫌悪感。

先生はあれだけ気を使ってくれて、優しくしてくれて、普通の教師と生徒という関係を再び作ってくれようとしているのに。

「…………」

気がつけば、笑顔が消える。みんなの騒ぎ声が遠く聞こえる。
焦点が定まらずにぼうっとしていればポンと誰かに肩を叩かれた。

「何ぼうっとしてのよ」
「サクラ…」

何かを察したのかサクラはさり気なくベランダへと誘う。
ひんやり冷たい風があの時先輩たちに頬を叩かれた時の風に似ている気がする。

「で?どうしたの?」

サクラの翡翠色の瞳。先生のいつも持っているファイルの色に似ている。

シカマルの家のベランダの手すりは、先生の白衣のくすみ具合とそっくりで。

ふと、銀色に優しく光る月を見上げれば。
先生の笑顔がすぐに思い出されてしまう。

「サクラごめん…」

考えることは、先生のことばかり。

「先生のとこ、行ってきてもいい?」

顔が見たい。
今すぐに。
ただ、会いたくて。

「…もう!あんたのために集まったのよ?」
「ごめ…」
「でもまぁ、このメンバーならまたすぐ集まれるしね〜」

優しく翡翠色が弓矢を描く。

「ほら!行ってきなさいよっ!」

バシッと叩かれた背中は痛かったけど、その痛みよりサクラの笑顔が優しさが嬉しかった。

「ありがとう」

言うや否や、勝手に駆け出したあたしはみんなには気付かれないように外に出る。

ぱたり、小さく閉じた玄関のドアを確認して、再び走り出そうとしたその時。

「ナル子!」

上の方から聞こえた声。

「どこ行くんだぁ!?」

その声は昼間あたしを教室の外から呼んだあの声で。

「キバー!ごめん!ちょっと行かなきゃないとこあって!」
「だからそれはどこだって聞いてんだ!」
「ごめんキバ!あとで言うから!」

手を振って走り出したその後ろで、

「なんだよアイツ…」

ぼそりとキバが呟いたのも知らずに。
走る、その先はもちろん学校。

「はぁっ、はぁっ」

こんなに走るのは去年の体育祭以来だろうか。
息が苦しくなりながらも、見上げればやっぱり月が優しく光っていて。

銀色や優しさだけじゃない。
走っても走っても近付けない。
そんなところが、なによりも似ているかもしれないなんて走りながら思った。




end.


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