「あんたはキバとヒナタに伝えなさいね、隣りのクラスでしょ」

サクラに会った帰り際、そう伝えられたのを思い出した休み明け。あたしは隣りのクラスを覗く。
キバとヒナタは隣りのクラスだったからいつも教科書の貸し借りをしていた。
だけど隣りのクラスと言えど別の教室にズカズカ入って行くなんて出来ず小心者のあたしはいつものごとくこうしてドアから見知った顔がいないか覗き込んでいた。

「なんだぁ?覗きがいるなぁ」

耳元で囁かれてビクリ。振り向けば、たった今探していた人物で。

「キバ!ビックリさせないでよ!」
「ハハ!お前驚きすぎだろ!」

豪快に笑うキバはいつも悪ふざけばっかり。だけど中学の頃から変わらない態度だから気兼ねなく話が出来る友達。

「サクラがね、久しぶりにみんなで集まろうって」
「マジ?いつ?!」
「あさっての水曜日」
「おーいいぜ!場所はシカマルんちか?」
「多分ね。あ!ヒナタにも言っといて」
「おお分かった!言っとく」

サクラに言われた通りキバに伝えたあたしは、キバと別れ、教室に戻る。
(あれ?…やば!次移動だった!)
人口密度の低い教室を見て思い出し、慌てて道具を持って教室を飛び出した。

「ぶっ、わ!」

と思ったら、誰かにぶつかったようで目の前が真っ白。

(真っ白…?)

黒やグレイの制服なはずなのに真っ白なことに疑問を抱いて見上げてみれば、

「こら、走っちゃダメでしょ」

その声を聞いた途端、顔に熱が集中するのが分かる。速攻であたしの体を反応させたのは紛れもなくあの人で。ぶつかったのは制服ではなく白衣だった。

「せ、先生…すみません…」

蚊の泣くような小さな声で謝るあたしはもちろん心の準備をしておらず顔をあげられない。
あの時振られてから、初めて会う先生。
何かを言おうとするけれど、言葉に詰まって声も出ず。だからと言っていつまでもそうしていられないからあたしは思いきって顔を上げた。

「怪我するから気を付けなさいネ」

顔を上げた瞬間頭の上にポンと、降ってきたのは先生の手のひら。視線の先には弓矢を描くように細められた優しい瞳。
頭を撫でられるのは、初めてではない。それなのに、どんどん熱くなっていく体は先生を好きだという証拠で。
「…はい、気を付けます」

きっと気付かれているだろう赤い顔はそのまま。だってどうせバレているから、隠したって意味がない。
ただ、まだ諦めていないのかと飽きられてしまうのではないかと不安だったけど、そんなあたしに先生は優しく笑ってくれたから少しだけ安心した。それどころか、

「今日当番だったよな?」
「あ…はい。そうです」
「じゃあ久しぶりにごちそうするよ」

――おいでネ?
なんてあたしの耳元で小さく言って、去って行った。

(初めて…誘われちゃった…)

その場に立ち尽くし、先生が近づいた方の耳を抑えて。

(今日、また先生に会えるんだ…)

もしかしたら。
先生はあたしを振ったもんだから、気を使って優しくしてくれているのかもしれない。教師なら尚更、生徒へのフォローはしなくてはいけないだろう。

でも、それでも先生とまた前みたいに話せるのなら嬉しい。

(なんだか気を使わせるなんて、申し訳ないな…)

そう思いながらも、やっぱり緩んでしまう頬。
早く放課後にならないかな、と胸を踊らせながらあたしはやっと移動教室へと走り出した。



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「おっ、ナル子!久々に一緒に帰ろうぜ!」


本日の授業終了の鐘が鳴り響く午後の時間。
教室の外から昼間の友達の声がした。見れば、声の主の隣りにも、黒髪の女の子。

「ごめんキバ!ヒナタ!今日図書当番だから!」
「げっ!そんなの真面目にやるか普通。1日ぐらいサボってもいいんじゃねえ?」
「そういうわけにもいかないよキバくん…えっと、じゃあまた今度ね?ナル子ちゃん」

宥めてくれたヒナタとちょっとふてくされたように膨れるキバにごめん!と手を合わせ、急いで図書室へ向かう。

「な〜んか嬉しそうだったなアイツ」
「そうだね…何かあるのかな?」

二人のそんな会話も聞こえるはずもなく。
すぐに図書室に着いたあたしは一応、一通り当番の準備をして心を落ち着かせるように座った。後ろにあるガラス窓の戸棚。

(わ…走ったから髪ぐちゃぐちゃ)

映し出された自分を見て慌てて手ぐしでセットして。ドキドキと音を立てる鼓動を聞いて、まるでデート前の気持ちみたいだなんて思ったり。

(思うくらいいいよね)

途中虚しくなったけど、昼間のカカシ先生を思い出せば、またにんまりと綻んでしまう頬。それを隠すように抑えた時、いつものごとく使用者の低い図書室のドアががらりと開いた。

「お。早いね」

その言葉は先生と会えるのを心待ちにしていたのがバレてしまったみたいでちょっとだけ羞恥心を煽ったけど、そんなことより会えたことが嬉しくて。

「会いたくて、走ってきました」

なんて大胆なことを言ってしまう。どうやらあたしの中で、もう好きなのは伝えてしまったから隠す必要なんてないか、という考えに至ったようだ。
そして言ってしまってから、しつこい奴と思われたらどうしようと不安になるのだけれどそれを宥めるかのように先生は優しく微笑んでくれる。

「参ったな」

言いながら照れるように頬をかくもんだから、その仕草にきゅっと胸を掴まれるような気がした。


前のように隣りの司書室に促される。あのキスの一件以来ここには来ていなかったけど、あの独特の紙の匂いや、日の光がよく入る情景は当たり前だけど変わっていなくて。
入ってすぐぼうっとしていたら何故か先生がクスクス笑っている。

「ここで、唇奪われちゃったんだよネ」
「!」

あろうことか、その話をするなんて思っていなかったあたしは声も出せずに焦っていると、先生はさらに笑ってごめーんネなんて呟いた。

(先生…気遣ってくれてるのかな?)

久しぶりに話をした先生はなんだか前にも増して和やかでよく笑う。振られたあたしを気遣ってくれているのか、それならあたしも気にせずに会話をした方がいい。
なかったことには…さすがに出来ないけれど、だけど先生が望むならこの気持ちはないものとした方がいいのかもしれない。

教師を好きになったって、叶わないのは初めから分かっていたことだから。

「…おいしい」

淹れてくれたコーヒーは、いつになく甘くていつになく優しい。それは好きな人が淹れてくれたから尚更だということは分かっていても、これからはその"好き"という気持ちを徐々にでも消していかなくてはいけなくて。先生のためだとはいうけれど、やっぱりどこか寂しいのは仕方ないことなんだろうか。

「そういえばサクラに聞いたんだけど」

そんなことをグルグル考えていたら、突然先生からサクラの名前が挙げられて、ちょっと驚いて続く言葉を待っていたら。

「明後日、誕生日なんだって?」
「え!…あ、はい」

なんでわざわざ先生に言うかな…。
正直そう思いながらわざわざ口止めした意味がないじゃない!と心の中でサクラにまくし立てる。

「な、なんか中学の時のメンバーでお祝いしてくれるみたいで!」
「へェ〜、中学のメンバーってうちのクラスで言えばナルトとかサイとか?」
「はい!あ…あと他のクラスで言えば、シカマルといのとチョウジとヒナタとキバと……」

指折りに数える間、ふと顔を上げれば先生の優しい視線と目が合って、慌てふためきながらどうにか会話を続けようとしていれば、ぽつり。先生が呟いて。

「羨ましいな」
「えっ?」
「それ、俺も祝ってあげるよ」
「えええっ?!」

何がどうしてそんな流れになったのか、分からないまま続く会話。

「その日、もし抜け出せるならここにおいで。ケーキくらいしか用意出来ないけど」

正直、そんなに気遣ってくれなくても…と思ったけれど。そんな失礼なことは言えないし、なにより先生に誕生日を祝ってもらえるなんて思っていなかったから、驚きながらもすごく嬉しくて、気遣ってくれて悪いなぁという考えがすぐに消えてしまったあたしは単純だ。

あんぐりと口を開けて呆然と先生を見ていたら、ダメ?なんて眉尻を下げて言ってきた。

そんな顔されたなら、もう。

(ごめん、サクラ…)

せっかくみんなで遊ぶのに、すぐにでも先生のもとへ抜け出したくなるじゃない。




end.


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