居心地の良さは、お互いが分かっていた。
君の隣りはとにかくあたたかくて静かで優しくて。同じようなことを、彼女の口からも聞いていたから僕はきっと自惚れていたんだ。

「テンゾー…」

目の前に現れた彼女は、髪の毛の一本一本がすべて雨に濡れていた。こんな風になるのは、わざと雨に当たったのだと物語る彼女の目尻。滲み出る涙を擦ったのか、一部分だけ赤みを帯びていて。

「何が、あったの…」

言い終わる前に飛び込んできた彼女の温度が、胸にじわりと広がった。
雨に当たっていたはずなのに、やっぱり彼女はあたたかった。

「とにかく入ろう、これじゃあ風邪ひくよ」

何かがあったことは明白だ。任務で失敗でもしたんだろうか。もしもそうなら、落ち着くまで慰めてやりたい。
そう考えながらも彼女がそんな時なのに、自分に頼ってきたことが何よりも嬉しいと心の底の方では叫んでいる。
仕方ないな、なんて鼻で小さく笑って彼女を家の中へと通した時、その一瞬後。そんな嬉しい思いは、すべて崩れ去ってしまう。本当に一瞬。彼女の声を聞いたその瞬間だった。

「カカシ先輩に…振られちゃった」

耳を疑った。
でも僕が、彼女を声を聞き間違えることなんてない。
そのまま体が固まった。触れようとした手すら、今は空に浮いている。

「ねえテンゾー!知ってたの?!カカシ先輩には大事な人がいるって…知ってた?」

どん、と胸を叩く彼女の小さな拳。本当に弱い弱い力なのに、抉れるように痛いのは何故だろう。

知ってた?…なんて、そんなこと。
知っているわけがない。いや厳密には知っていた。知っていたけど、それが彼女を悲しませることだなんて一ミクロも知らなかった。

君が先輩を好きだなんて…。

すすり泣く彼女の声と、雨の音が耳奥まで響いた。泣いている彼女を慰める気でいた僕の体は、動かないまま。
そんなことも出来ず。
気の利いたことも言えなくて。

このまま抱き締めてしまえば、僕のモノになってくれるのだろうかとさえ、思いもせずに。

ただひたすらに、水に濡れた感触と一緒に広がる彼女の温度を感じながら。

――やっぱり好きだ、と認識をしたのにそれと同時に今まで感じたことのない痛みが体中を痺らすように走ったんだ。



こんなに近くに、一番近くにいるのに



end.




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