何日か前に、サクラから着付けを教えてもらって。当日はそれを生かして不器用ながらも無事に着付けされた着物。
普段着慣れないからか、はたまた着物なんてまだ似合わないお子ちゃまな自分が悪いのか。なんだか着せられている感が否めないけど、中忍の安い報酬をコツコツと貯めて買ったものだから、それだけで達成感があった。

「髪…こんなんでいっか!」

不器用なあたしには綺麗に纏めることが出来なくてちょろちょろと飛び出す送り毛があるものの、いのから貰った白い造花をつければそれらしくなった。

「よし!出発!」

気合いを入れたその先には、一緒に初詣に行こうと約束をした同期メンバーがいる。…そして、ナルトの提案で先生達も誘ったらしく、その中にあたしの好きな人がいた。

(嬉しいな、一年の始まりに会えるなんて)

そう心の中で呟いたあたしの頬は緩みっぱなし。提案してくれたナルトには参拝じゃないけれど手を合わせて感謝したいくらい。

赤い鼻緒の草履を履いて、寒くないようにコートを靡かせて歩く足取りは至極軽い。

そんな浮かれた気分も束の間、昨日から降り止まない雪が絶えず舞い落ちてくるせいか、神社へと向かう道がすっぽりと雪で覆われていた。所々木が倒れている。どうやらそこ周辺で雪崩が起きたらしい。

「交…通禁止?!」

まさかと思って真ん中に立っていた看板の文字を読んでみた。ゆっくり何度も読んでもその文字は当たり前ながら変わらない。

(勘弁してよ…ここの道通れないならあとは…)

頭をよぎる道は来た道の逆方向で尚且つ歩いて30分もかかるほど遠回りの道。
こんなんじゃ年が明けちゃう…!
焦ったあたしはとっさに上を見上げた。

(いつもの忍服じゃないけど、ちょっとくらいなら…!)

よっ、と少し勢いをつけて、控え目にチャクラを練ったのは足の裏。
飛び乗った木の上から目的地の神社が見えた。

「…よし!」

方向を確認して、雪崩の起きた道をうまく避けた木々の上。飛び移った次の木にも、また次の木にも、うまく移動することが出来た。

(時間ない…でもこのペースで行けば楽勝!)

と、油断した瞬間だった。
飛び移る際に草履の裏に結構な雪がついていたのか、枝の上で滑ってよろめいてしまった。
とっさに掴んだ向かいの枝に手を伸ばした瞬間。

びりっ。

思わぬ所から伸びていた枝に着物の袖を引っ掛けてその音が聞こえた通り、無惨にも破れてしまっていた。

「…………」

なんとか上手く着地は出来たものの、その惨事に声も出ないほど呆然と立ち尽くしてしまう。
その何秒かあとには、嘘でしょ、嘘だぁ、とかなんとか言葉が脳内で繰り返された。


「…どうしよう」

やっと声に出した時には目元にちょっとだけうっすらと涙。
せっかく今日のためだけに買った着物の袖がボロボロに破れ、それだけでなくこのままでは待ち合わせの時間にまで遅れてしまう。
一緒に年を越したかった。年を越して一番始めに会いたかった。
そう思うと余計に泣けてきてあたしはとうとうしゃがみ込んでしまった。

音のない雪が、はらはらと降ってくる。小さな街灯しかない場所に下りてしまったため人の気配すらしなかった。
正確には、気配を感じなかっただけだった。


「何やってんの?こんなところで」

しゃがみ込み、ぐすりと鼻を鳴らし絶望に浸っていたあたしの耳に届いたのは、あったかくて優しくて大好きなその声。気配を消して現れるのは、いつものことだと思い出されるのはまだずっと先。

「……カカシ先生…」

どうしてここにいるの?
聞く前にほらと差し出された手。珍しく手甲のないそれは真っ白で雪のようだった。

「ここ道の真ん中。せめてはじっこに寄りなさいよ」

困ったように笑って、お前もしかして迷子?なんて言いながらあたしを見下ろしている。
後ろの白い景色とか涙で滲んだりしているからまるで夢を見ているのかと錯覚しそうになる。

その手を掴めば、すぐに流れ込んでくる温度がその錯覚を吹き飛ばしてくれた。
目の前にいるのは、正真正銘、あたしの大好きな人。

「先生…どうして?」

ぽつり呟けば、白い息が空に舞う。

「俺の家、ここからそう遠くないし。何故かお前のチャクラ感じたから迷子にでもなったのかなと思ってね」

優しい微笑みとは裏腹に、それは元教え子兼後輩をただ心配するだけの口ぶり。
本当ならそれだけでも感謝しないといけないのに、それだけでは足りないと思ってしまうんだから欲張りだ。そう分かっているのに寂しさを感じることは止められそうになかった。

「…カカシ先生初詣行くんですよね?じゃああたし行けなくなったって伝えといてください」
「どうして?行く途中だったんじゃないの?」

不思議そうにあたしを見るカカシ先生はまだ破れた着物には気付いていないようで。
すっと投げやりに右手を上げてボロボロの袖を見せた。
それを見たカカシ先生の瞳は少しだけ見開いたけど、それ以外は何も言わない。

「いつもの道が雪崩で規制かかってて。遅れると思って木に登ってきたんです。慣れないものなんて着るもんじゃないですね」


無理に笑ったけどその反動からかたちまち涙が下瞼に溜まる。気付かれたくなくて慌てて俯いた。

ただ着物が破けたからって泣くなんて、子供だ。
なんて言ったって本当に子供なのだけど、カカシ先生には子供っぽい自分を見せるのは極力避けたかった。大人の女性とまではいかないけれど、それでも少しくらいは背伸びをして、少しくらい、先生と釣り合う人間になりたくて。

そんな気持ちを無視するかのように、とうとうポタリと地面の雪に染みた涙。
考えてみれば、着物を破くような行為をしていること自体子供っぽくて。
せっかくの年の始まりに、そんな姿をこともあろうか好きな人に見られてしまった。
当のその人はというとやっぱり。

「お前はホント、ガキだね」

優しく笑って頭を撫でられた。それなのにその言葉はどんな刃よりも鋭く胸に突き刺さるような気がして。心臓が、捻れるように痛い。

流れ落ちる涙はそのままに、あたしは静かに後ろを振り返り歩き出そうとした。

(もう帰ろう…)

そう思った矢先。次に聞こえてきた言葉が、

「でも、」

いいものなのか、悪いものなのか、すぐには分からなくて。

「…可愛いよ、すごく」

もちろん、教え子として後輩として、それだけの感情のもとに生まれる言葉だと思ったから、すぐには振り向けなくて。


「ガキっぽいお前も、嫌いじゃないよ」

混乱しているうちにあたしのすぐ後ろに近付いてきていたことなんて気付きもせずに。
ふわり、初めて雪の音が肩から聞こえたと思ったらそれは先生の白い手。その証拠に、じわりじわりと温かい温度。

「俺の言ってること、分かる?」

静かにあたしの肩に乗った手がぐいっと引っ張って、目の前には真剣な眼差しの先生の右目。

「お前が、好きってことなんだけど」

金縛りのように動けなくなったのは、先生の眼差しが強かったからなのか、それとも聞こえた言葉のせいなのか。
ただぼうっと見惚れるしか出来なくて。

「そんなに見られると照れるネ…」

なんてらしくもなくポリポリと口布をまとった頬をかく先生の目尻はほんのり赤く。

「初詣、行くんでしょ」
「…え?…わっ!カカシ先生?!」
「どうせなら二人で行っちゃおうか」

焦ったのは、今までにないくらい近い先生との距離。ぐいっと肩を抱かれてもっと近付いてなんて言われて。自分の鼓動と先生の低くて柔らかい声だけが耳に響く。

「お前ホントに中忍?瞬身使えばよかったじゃない」

ははと笑う先生の息があたしの髪の毛を揺らした時にはきゅっと焦がれるように心臓を掴まれたような気がした。
見上げれば行きますか、と微笑みながら瞬身の印を結んで。
そんな先生の腕に包まれながら冬とは言えないその温かさを感じながら。

…カカシ先生、大好き。

やっとの思いで聞こえないくらいの控えめな声で呟けば、肩を抱かれている手に力が込められて、先生はと言うと「ふいうちはナシでしょ」なんてまた目尻を赤くした。

ごーん、と年の明ける鐘の音。隣りには貴方がいて微笑んでくれて、きっと幸せな年になる。そう思わずにはいられないあたしはきっと、今年も。



貴方に夢中

「待ちくたびれたよ」
なんて笑うカカシ先生。どうやらあたしが先生に想いを寄せていたことは全部お見通しだったらしい。




end.



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