だって彼は真選組一番隊隊長で、あたしは屯所内のただの女中。
片や命を懸けた仕事で、片や雑用全般。
あたしだって分かっているつもりだから、こんな別れ際はいつもにっこりと笑う。
例えば、どうしても、そばにいて欲しい時でも。
「そろそろ行きまさァ」
「そうだね、副長に怒られちゃう」
あんな奴のこたァ、どうだっていいんでさァ。
なんて言いながらもあたしは知っている。確かに怒られるのはさほど気に掛けてはいないだろう。
だけど事件や揉め事を解決に導くために、自分はどう動くのか。局長の指令のもと、自分は何が出来るのか。適当にやっているようで、きちんと考えている彼にとって恋愛なんて二の次だということくらい、分かっていて。
「今…から、どこで仕事なの?」
わざと聞いてしまった自分の弱さが情けない。それでも口が勝手に動いてしまうくらい、動揺していたのは確か。
彼のことは分かっていると言いながら、やっぱり本能には勝てないらしい。
「…どっかで何か聞いたんですかィ?」
「どうして…?」
「いつも聞かねえだろィ、行き先なんざ」
ため息混じりな彼の声。面倒だと思われてしまったのかもしれなくて、あたしは慌てて話を終わらせた。
「べ、別に!たまには聞いてみようと思っただけ!ただ、それだけ!」
へへ、と笑えば彼も呆れたように笑ったから安心した。
朝、隊士たちの噂で『隊長が吉原に行くらしい』『吉原の遊女から情報を聞きに行くらしい』と耳に入ってきた。それはやっぱりそういうコトをする前提というわけで。遊郭という場所に行くだけですら、本当は動揺してしまう。
でも、だけど。
「今日の仕事も頑張ってね!」
彼もああいう性格で、あたしもこういう性格だから。呆れて嫌われるくらいなら、少しくらいの不満なんてすぐに消してしまえばいい。
いつも通り、飄々とした顔で玄関から出て行く彼の艶やかに輝く栗色の髪を眺めながら、一生懸命笑顔を作る。
――行かないで。
そんな言葉を必死に飲み込んだ時だった。
「あ、忘れもんした」
ぼそりと呟いたかと思えば、次の瞬間には一気に引き寄せられ気がつけば彼の腕の中。
総悟、と名前を呼べばこれまた瞬間的に近づき触れるお互いの唇。
「忘れものってどれ?」
「これ」
「くち?」
「んー」
優しく触れるように何度もあたしの唇を啄んで。
「総悟、忘れもの、もうない?」
「んー」
「もう、時間だ…よ」
「今行きまさァ」
「副長に、怒られるよ、」
「まァそれはほっとけ」
段々と深くなる口付けの隙間から会話をするあたしたち。すっかりと背中に絡められた腕はもう離したくない。
「そー、ご。電話、鳴ってる」
「んー」
「そろそろ、行かなきゃ…っ」
「今行くって…言ってんだろィ」
言葉とは裏腹に、とうとう床へと沈む二人の体。濡れそぼる唇と一緒に総悟の指先が心地よくあたしの体中に触れる。
――行かないで。そばにいて。
駆け巡る言葉はもう喉のあたりまで来てる。それでも尚、口に出さない。
だってあたしはやっぱりこういう性格だから。
そのかわり、きっと体中から聞こえてくる。求める声と小さなわがまま。
ねえきっと、聞こえてくるでしょ?
愛し足りない愛され足りない
「離れたくねえ」
小さくぼそりと聞こえた言葉が死ぬほど嬉しかったから。
「…行かないで」
なんて、普段言わない言葉をおそるおそる呟いてみれば。
「………それ、殺し文句でさァ」
返ってきたのはこれまた普段は見られない、とても貴重な彼の照れ顔。
end.
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