街灯も消えて、しんと静まり返った夜更け。
日付が変わってもひとりぼっちのこの部屋も、いつもより寒く感じて。
身震いをしたときにばたん、と聞こえたその先に現れた彼を見つけた途端。ぽっと火が灯ったように温かくなる。
「おかえり」
「ただいま、起きてたの?」
「うん、なんだか寒くって」
「ベッドに入ってれば良かったのに」
なんて言いながら、テーブルに腰掛けるあたしの頭を優しく撫でてくれた。本当は、あなたがいなきゃ眠れなくて…なんて子供地味たこと、いえなくて。
「風呂入ってくるから、寝てて」
「うん、」
そう言ってバスルームに消えていくきれいな金髪と凛々しい後ろ姿を眺めて思った。
(ミナト、疲れてる?)
凛々しい中に、なんとなく疲れを感じる。無理もない、昔からミナトは里一の優秀でみんなから頼られてて期待されて。今日だけじゃなく、昨日もその前も、帰ってきたのはこの時間だった。
(何も言わないからなぁ、ミナトは)
疲れてるなんて、絶対に言わない。それどころか「オレなんてまだまだだよ」と謙遜するくらい。
もちろん、ミナトが忍で優秀でみんなから頼られていることは悪いなんて思わない。応援もしている。だけど…。
(…あたしに、何か出来ることあるかなぁ)
応援してあげること、ごはんを作ってあげること、一緒にいてあげること。
考えてもどれも大したことではなくて。むしろあたしの方が嬉しいことなんじゃないかと思ったらなんだか情けなくなった。
「どうしたの?眉間にシワ、寄せちゃって」
ふいに香るシャンプーの匂いに包まれてあたしは我に返った。後ろから感じるミナトのぬくもりは濡れた髪から零れる水の冷たさまで感じさせないほど。
「髪乾かしたら?風邪ひいちゃうよ」
「平気、タオルで拭いたから」
その言葉を紡ぎながら、耳元に唇を寄せるミナトの吐息が鼓膜に響いて。さっきまでの落ち込んだ気持ちもそれだけで少しずつ消えていくなんて、あたしもなかなかゲンキンだ。
「で。どうしたの?何かあったの?」
手を引かれ、ベッドへと腰掛けて。冷たいシーツは二人が入ればたちまち温かくなった。
横になる二人、あたしは天井を見つめたまま。
「えっ…とね、」
「ん、なに?」
「ミナト、疲れてるでしょ?それなのにあたし何も出来ないから情けないなぁって」
思っ…て。
言い終わる前に向けられたミナトの優しい微笑みにドキンと鼓動がひとつ鳴る。
その瞬間、ミナトは布団の中に潜り込んであたしの胸元に抱き付いた。
「み、ミナト?!」
普段はしないその行動はひとつ鼓動を揺らしたあととくんとくんと続けて揺らす。首もとをくすぐる金髪に手をそっと置けばミナトの熱を感じた。
(あ、もう髪、乾いてる)
ふわふわの金髪を撫でれば、気持ちよさそうに頬をすりよせてきて。なんだか子供のように愛しい。
「なまえは、」
「ん?」
「いてくれるだけでいいんだ。疲れも吹き飛ぶ。安心出来る。なまえ以外、誰にもできないことなんだよ」
そう言って、背中にのばされた腕が今度はあたしの首もとに回されて。
碧い瞳が優しげにあたしを見つめた。
「君がいないと嫌なんだ」
子供みたいにせがまれて、だけど大人なミナトの指先があたしの頬を優しくなでる。ほだされるようなその感覚に浸れば細められた瞳はゆっくり閉じて引き寄せられる。
…口付けは、とても熱くて。
何度も触れる唇が、何度もあたしの名前を優しく呼んだ。
囁くように小さく小さく呼ばれたけれど、しっかりと君は必要なんだよって言われてるみたいで。
思わず目尻に涙が溜まる。それを見て碧い瞳を弧に描かせたミナトが今度は大好きだよって小さく囁いた。
甘い甘い秘密の響き
誰も知らないその言葉をぬくもりを、たったひとり君だけに。
end.
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