そうだね、なんて脳天気に。少しだけ笑って寄り添った。
あたたかくて優しいお前の温度は、空っぽになった身体に染み渡っていく。

誰も居なくなっても無気力でも。
生き抜こうと思う。

お前がいるから。



ふたりきりだから





普段よりも少し高台でいくつもの慰霊碑が並ぶこの場所は、どんなに天気が悪くてもなぜか優しい風が吹き抜ける。
ふわり、今日もまた柔らかい空気を感じた。


「あったかいね」

同じことを考えていたかのように、その優しい風に髪を靡かせて俺の少し前を立っている彼女が、ぽつりと呟いた。

見上げた空は厚い雨雲で覆われているのにそれでもどこか温かくて。

「ここはいつもあったかいね」

にこりと微笑んだ彼女に俺も小さく息を吐きながら、自然と出来る微笑みを返して、うん、と頷いた。

「もう何年になる?」
「十年以上?」
「そんなに経った?!」
「そうみたいね」
「そっかあ、分かんなかった…そりゃあたしもカカシも歳取っちゃうよね」


はは、とお互い苦笑いをした。

あれから。
オビトやリン、先生も居なくなってから。
悲しむ余裕なんてなく、がむしゃらに生きてきた。
忍だから、それ以上に理由もなく。

毎日任務をこなした。
ヒトだって何人も殺したし仲間だって何人も死んでいった。
悲しむ余裕なんてなかった。

ただ、ふと気付いたとき。俺は何のために生きているのだろう、とめまぐるしく流れる日々の中、そう感じることがあって。

例えばそう。
任務が終わり、纏っている忍の装飾を全部取り払ったとき。
何も付けていない手のひら。窮屈だった口布だってぜんぶ、外してしまったとき。

何にも残らない自分に、ああ、俺は本当に独りなんだと。

そう思う夜があった。
今考えるとたびたびあったのかもしれないけど。

「カカシ、あたしたち頑張ったよね」

流れる雲を見つめて言う彼女の声はたちまち消えてしまいそうだったから、俺はその声をひとつひとつ拾いながら、そうだな、と返事をした。

きっと彼女も。
生きる理由もなく、ただがむしゃらに生きてきたのだろう。
ふとした瞬間に、独りだ、と感じることがあったのだろう。

空を見上げる小さな背中から、そう感じたから。
俺は迷わず心の中で問い掛ける。

"本当に独りだった?"


届くわけもない。
ただ本当は伝えたくて。

俺はいつもあの孤独を感じる次の日の、お前の優しい微笑みに救われていたんだ。
ああ、今日も笑っている。
それだけでなんだか満たされる気がして。

いつからだったかなぁ。
気が付けば、生きる理由は。
お前になっていたんだよ。


彼女がいるから生きてこれた。今はそう確実に言い切れる。
だけど彼女はどうだろうか?


…お前は誰のために生きてるの?


柔らかい風が頬を撫でた。なんだか誰かが後押ししてくれているみたいに。自然と声が出た先に呼ばれて振り向いた彼女がいた。


「ねえ、」
「んー?」
「あのさ」
「なにー?」

「ここらで俺たち、一緒になろうか」


ふわり、今までで一番の優しい風は。
辺りの草木を揺らして、足元のタンポポの綿毛が風に乗って舞っていく。

それを辿っていけば、目を見開いた彼女の視線とあいまって。
数秒、見つめ合った先に。
彼女の瞳がゆっくりと弧を描いていく。

「…そうだね」

あの微笑みで、だけどあまりにも安易な答えだったけれど。

それが俺とお前だから。

どちらからともなく、寄り添った。
安心しきったように寄り添う彼女の肩を抱いて、

もう独りじゃないなぁ、なんて考えて。


「みんな居なくなっちゃったもんね」
「うん、俺たち残りもの同士じゃないの」
「はは、言えてる」

布越しに彼女が微かに笑ったぬくもり。
この場所に吹く優しい風にどことなく似ていて心地いい。


「でも俺、任務で死んじゃったらごめんね」
「任務じゃあ仕方ないよ」
「…ずいぶん冷めてるのネ」
「うーそ。カカシが死んじゃったら、あたしも死んじゃうな」


――だってこれからは、死んでも一緒でしょ?


愛しい声に乗せて聞こえた言葉に返事をするように、そう、もう独りじゃないからと、伝えるように力強く彼女を抱き締めて。
ふいに俺の胸元から顔をあげ、ありがとうと笑った。
"カカシがいたから、今まで頑張れたんだ"

初めて聞く彼女の想いが俺と同じだったんだと分かると腕の中のぬくもりがさらに愛おしくてたまらない。

ぎゅっと強く抱き締めて、今度はゆっくりと力を緩めて体を離す。
見つめたふたつの大きな瞳は穏やかで、近付く二人は同時に瞳を閉じた。

唇が触れた瞬間が、ふたりの新しい日々が始まる合図のようで。
唇が離れても、溢れてくる想いはとめどなく。こんなにも、彼女が好きだったのかと思い知らされる。


「帰ろうか、今日から同じ場所だよ」


そう言えば、照れくさそうにも微笑んでくれた彼女の。
小さな手をしっかりと握り締めて歩き出す。

きっとまた、これから苦難の日々かもしれないけれど。
それでも、隣りにお前がいれば。

一生お前を守っていくから。お前は隣りで笑っていればいいんだよ。

…なんて、そんな。
照れくさいことが言えるわけがなく。
まぁとりあえず今は。
だあれも居なくなったし…っていう理由で勘弁してちょうだいよ?


――そう。今はもう俺とお前、ふたりきり、なんだしね。




end.

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