ハァと吐き出す息が白くなって、ああもう冬が来たんだと思いながら鞄から小さい鏡を取り出した。
(変じゃないかな…)
鏡を覗き込みながら外の空気に触れた髪を落ち着かせるように撫でてみる。あまり変わらないけれど、少しでも綺麗に見せたくて。
小さな鏡を上からかざしてもう一度確認してから、また鞄にしまい込む。
途中、ふと鏡に映った自分の頬がほんのり赤くなっていた。
(もう寒くなってきたなぁ…)
あんなに暑かったのが嘘のよう。
ざわめく葉っぱはまだ色付いてはないものの、その風はもう冬のにおいがする。
(早く会いたいなぁ)
季節が移ろいでいく様子を肌で感じたら、余計にそう思ってしまった。
会えなくなってからもう半年。
長期任務はすっかり季節が変わってしまうほど長かった。
忍なのだから仕方ないと理解していたものの、付き合って初めての長期任務はあたしには過酷そのもの。
会いたくて会いたくて。
毎日そればかり。
(あたしだけ、なのかな…)
何をするにも先生の顔が浮かんだ。
優しく抱き締めてくれるあの腕が恋しくて、子供みたいに泣いた日だってあった。
こんなに先生も想っていてくれただろうか。
不安にさえなるけれど、
「寂しくなるな」
「…え?」
「こんなこと言っちゃあれだけど長期任務、行きたくないって思ったの初めて」
出掛けに言った先生の小言はそんな不安を少しだけ減らした。
不思議なことに、大好きな人が寂しがっていると自分も寂しいくせに大丈夫!なんて強気になる。
「行ってらっしゃい!待ってるよ、カカシ先生」
本当はすがってでも行かせたくなかったけど(そんなことはもちろん出来ないけれど)、先生も同じだと思ったら少しの余裕。
先生はそんなあたしを見て困ったように笑ったっけ。
(でもさすがに長かった…)
自分を嘲笑うように思った。
当たり前だけど、やっぱり今日も先生のことでいっぱいだ。
だって今日は半年ぶりに、やっとやっと会えるから。
時計を見る待ち合わせの時間まであと五分。
もう一度鏡を見ようかと鞄に手をかけた習慣。
ばふっ。
砂埃と少しの木の葉。
一緒に現れたのは会いたくてたまらなかったその人で。
じわりと熱くなる目元。
きらきらの銀髪に優しい眼差し。
先生はなんにも変わっていなかった。
「は、はやいね!」
半年ぶり。
もっと話したいことはいっぱいなのに、うまく言葉が出てこない。
「いつも遅刻するのに珍しい!」
「…うん」
「五分前だよ?カカシ先生もやればできるじゃん!」
「…うん」
「…………」
「…………」
そんなこと言いたいんじゃないの。
もっとたくさん言いたいことあるんだよ。
ねえ、先生。
どうして"うん"しか言わないの?
もっと、もっと…。
もっと…何か…。
もう限界と言わんばかりに、溜まる涙。
それを拭うこともせずにひとつ。
目元からこぼれ落ちた。
「…っねえ、カカ…」
遮られたのは一瞬の出来事。
我慢ならずに呼んだ愛しい人の名前はその人の腕の中で響いて。
背中には、力強く抱き締めるその人の手。
「おなまえ、」
何が起こったのか一瞬分からなかったけれど、ふと耳元で聞こえた声にハッとした。
"―――会いたかったよ"
切羽詰まった声音に、胸が張り裂けそうなくらい切なさでいっぱいになって。
すぐにあたしも先生の背中に手をまわす。
「会いたくて、もう限界だった」
「…うん」
「毎日お前のこと考えてたよ」
「……うん」
「お前はなんでそんなに平気そうなのよ」
「………ぷっ」
「なっ?!」
少しだけ離れて先生と目が合う。
子供みたいに寂しそうな瞳は、初めて見たと言っていいぐらい。
だけど知ってる。
その寂しい気持ち。
「ふふ…ははは!」
「なんで笑うわけ」
だってついさっきまでおんなじ気持ちだったから。
「カカシ先生、大好き」
嬉しかった。
あたしだけだと思っていたけれど、先生もおんなじ。あたしと一緒なんだね。
ひゅっとあたしたちを冷たい風が通り抜けた。
だけどちっとも寒くない。
抱き締められた腕の中、見上げればほんのり赤く頬を染めた先生が参ったとでもいうように、眉尻を下げて笑っていた。
同じ色をした頬が愛しくて
桃色、寂しい、大好き、幸せ。
ぜんぶぜんぶ、あなたと一緒。
end.