「ダメよ、あまり夜更かししちゃ。テスト勉強もほどほどにね」
「はい…すみません」


薬品の匂い漂う無機質な色味のこの空間。
白いシーツのベッドに横になって、保健の先生が掛け布団をかけてくれた。
少しクラクラとする視界。放課後まであと少しだし寝てていいわよ、と促されてあたしは瞼を閉じた。

静かな保健室。
保健の先生は用事があるらしく今は誰もいない空間。

「テスト勉強、かぁ…」

呟いて、保健の先生が言ったことを思い出して苦笑い。
本当は、バレンタインにあげるお菓子を作っていたから…なんて恥ずかしくて言えない。
それにしても、お菓子作りって難しいんだ。あんなに時間がかかるなんて…自分の不器用さに呆れるばかり。

なんとか完成したものの、今度は包装に時間がかかって朝ごはんまで抜いてしまった。おまけに完全に完成したものに自信がなくて気になってお昼ごはんもあまり喉が通らず。

その結果がこれで、午前中はなんとか頑張れたものの、やっぱり午後は限界だったようだ。
友達に肩をかりて保健室までたどり着いたけれど、そのまま意識が数秒なくなった。
先生には貧血と言われて今に至る。

授業を出なくていいのは嬉しいけど、何もこの日に…。だけどすぐに帰れと言われなかったのが助かった。

(帰れって言われたら渡せないもんね…せっかく作ったのに)

思いながら、やっぱり瞼を閉じて。そして放課後のことを考える。

(どうやって渡そう…先生今日も司書室にいるかな)

一応会えなかった時を想定して手紙とか書いてくれば良かった!なんてぐるぐると考えていたらなんだか眠くなってしまった。
ちょっとだけ…寝よっかなぁ。

そう思った時にガラリとドアが開く音。
保健の先生、帰ってきたのかな…なんてなんとなく考えていたら、少しだけカーテンの開く音が聞こえて薄く瞼を上げた。

「起こした?」

声を聞いて、薄く開いた瞳の先。すぐに焦点が合ってあたしは飛び起きた。

「せ、せんせ?!」

そこに立っていたのは紛れもなくバレンタインに渡そうと思っていた相手。いつもの白衣にマスクをしたカカシ先生がカーテンの端を摘んでいる。

「ど、どうしたんですか?!」

急に早くなる鼓動とは裏腹に先生はゆっくりベッドのすぐ横に座った。

「これ、アスマに頼まれたんだよ。倒れたんだって?」

大丈夫?と首を傾げる先生はあたしの鞄を差し出した。なんでアスマ先生、カカシ先生にあたしの鞄頼むの?!なんてまたぐるぐると動きだす脳内。そういえばアスマ先生は最後まで授業だったな…と思い出し、仲の良いカカシ先生に頼んだのかな…とか思っていたら、なんだか眉尻を下げた先生の瞳と視線がぶつかってふつふつと顔に熱が集中した。

「す、すみません…鞄持ってきてもらっちゃって」
「いいよ、これくらい。俺今日はもう授業なかったから。それより顔赤くないか?」

熱もあるんじゃない、そう聞こえた気がしたけどそれどころじゃくなったのはすぐあとのこと。
伸びてきた先生の大きい手があたしの額にぺたりとくっついた。

(わ…わっ…!)

焦るばかりのあたしに何も気付かないように先生はやっぱり熱いな、なんて呟いて。
掛け布団をポンポンと叩いてまだ寝てなさいよ、と言った。

離された額が馬鹿みたいに熱い。

本当に熱が出てしまったんじゃないかと思ったけど気だるい感じなんて少しもないめまいみたいなものが襲ってきた。

「テスト勉強頑張ったの?倒れるまでしたらダメじゃないの」

と今度は頭をぽんぽんと撫でられて。どこまで熱を上げさせるの…!なんて自分勝手な考えまで浮かんだとき。

(あ、そうだ…)

ぱっと思い付いたのは、今バレンタイン渡しちゃえばいいんじゃないかという考え。ちょうどよくお菓子が入っている鞄も持ってきてくれたし、何より二人きり。
あたしは先生を見上げて意を決して話し出した。

「せ、先生…!」
「ん?」
「あ、あのね、」
「?」

不思議そうにあたしを見るカカシ先生にあたしは慌てて鞄から昨日作った包みを取り出した。

「こ…これ、バレンタインの!」
「えっ」

渡し伸ばした手が少し震えていた。
気持ちが伝わっているとはいえ、改めてこういうことをするのはなんだか気恥ずかしくて。

俺に?と聞き返してくる先生にこくこくと頷くことしか出来なかった。

「ありがとネ」

受け取った先生が優しくにっこり笑ったから、早打ちしていた鼓動はとくんと大きく鳴り響いて。

「嬉しいよ」

微笑みながらあたしが渡した包みを眺める先生を見て、至極安堵した。

「中身なに?」
「あ、ブラウニーです」
「食べてもいい?」
「えっ、ここで?!」
「そ。だめ?」
「だめ…じゃないですけど…あの、美味しくないかも…」


もごもごと俯きながら話すと先生はハハっと笑って包みをそっと開けた。焦げ茶色のブラウニーがそこから覗いてたちまち先生の口に運ばれる。

それだけであたしは吐きそうになるくらい緊張して胸が苦しくなった。


「あ、」
「えっ?!」
「……美味い」

瞳を見開いてもぐもぐと動く先生の口から出た言葉にあたしも瞳を見開いて。そうすればまた美味いよ、と言った先生の瞳は優しく細められた。

「…よ、良かったぁ」

ホッとして、心底安堵して漏れた言葉に先生はまたふっと笑った。

「お菓子作り得意なの?」
「ぜんっぜん!ホントに四苦八苦で…。全部出来上がるのに朝までかかりました」
「え…じゃあ、もしかしてこれ作るために?」

あ、と思ったときにはもう遅く。自分の不器用さを表に出したようですごく恥ずかしい。
先生…呆れてるかも、と不安に思いながらもアハハ…と乾いた笑いをするあたしは多分顔中真っ赤。もう布団に潜ってしまいたい!と思ったとき。

「はい」

あたしの口元に差し出された食べかけのブラウニー。え?と間抜けた返事をすれば先生は呆れているどころかにっこりと笑っていて。

「これ作るために何も食べてないんじゃないの?糖分とれば少しは楽になるでしょ」

食べかけだけどごめーんネ、なんておちゃらけて。ほら、とさらにあたしの口元に持っていく。

(ど、どうしよう…)

と思いながらも、あたしはゆっくりと口を開いた。とくとくと揺れる鼓動が苦しくてきゅっと胸元を握って。
口の中に入ってきたブラウニー。
正直味が分からないほどだったけれど。

「美味いでしょ?ってお前が作ったんだけど」

なんて嬉しそうに微笑む先生を見たら。
ほろ苦く作ったはずだったのにミルクみたいに甘ったるい味が口の中に広がった。

(あまい…)

まるでブラウニーを持つ先生の微笑みが魔法をかけたみたいだ、なんて思ってしまった。



思考はとけてゆく


俺の食べかけを震える唇の中に入れて、頬を赤に染める彼女に思わず手を伸ばしたくなった。



end.





▽カカシ連載『全部、君が初めて』の番外編/VDネタ
という設定でした!
どの部分の番外かはお任せします!片想いの頃でも両想いになってから…でもお好きな場面でどうぞ^^長くなってしまいすみません´`
素敵なリクエストありがとうございました!




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