"ずいぶんデカくなったんすね"

"もう8ヶ月だから。触ってみる?"








キンと頭が痛くなるくらい冷たい空気。
今にも雪が降りそうなそんな匂いがする。
前を歩くいつもの後ろ姿に何か話さなきゃと思うのに、そんな気にはならなくて。

はぁ、と小さくため息を吐く。白い息が空に消えた。


「どうした?」


いつも口数少ないくせに、こんなときは決まって口を開く。
振り向いた顔が面倒くさそうじゃなかったから安心した。


「なにが?」

「静かなの似合わねえぞ」

「なにそれ」



くすくす笑ってみたのに、振り向いたシカマルは全然笑っていなかった。
本気で心配してるって顔、そんな顔見せられたら、あたし。


「…何でもないよ」


すべてを見透かされそうで。
全部伝わってしまいそうで。
あたしはシカマルの瞳から逃げるように俯いて目を逸らした。
俯いた拍子にふわりと自分の髪の毛から花の匂いが漂って、あたしはまた罪悪感でいっぱいになる。


久しぶりに会った紅先生はもう随分お腹が大きくて。日に日に優しい表情になっていく紅先生が大好きで。憧れで。
幸せそうに笑う紅先生を見ると安心した。

それなのに。
…大好きなのに。
いつしかそんな紅先生にさえ黒い汚い感情が芽生えることがあって。

"ずいぶんデカくなったんすね"

"もう8ヶ月だから…触ってみる?"


紅先生のお腹を恐る恐る触ったシカマルが、至極優しく笑った。

そんなことだけでチクリと痛んだ胸。


"火の意志をこの子に伝えなきゃならねえんだ。
それが、アスマの残した伝言だからな"


そう言って空を見上げてあたしに教えてくれたシカマルの背中はもうずいぶん頼もしくて、大人っぽくて。

それなのにあたしは…。
あたしは…ねえ、あたしだけを見て。だなんてただの身勝手なワガママだ。
いつまでたっても成長のないあたし。
むしろ、シカマルを好きになればなるほど、歪んでいくみたいで。


(でも…一緒にいたいんだよ)


きっとこれも。
ワガママのひとつに過ぎないのだけど。

ひゅっと冷たい風が頬をなでた。
あたりはもうすっかり暗くなっていた。

「日、落ちるの早えな」

シカマルの声が聞こえる。
ぽたりと滑り落ちた涙。
暗くて良かった、ってそう思った。


「し、シカマル!早く帰ろ!ナルトんちに集まんな…きゃ…」


涙を隠すように、ぐいっと頬を拭ったとき。
ふいに感じた温かい温度。
目の前の視界が真っ暗になったのに、ちっとも怖くなんてなかったのは、そこがシカマルの腕の中だったから。


「シカ、…?」


名前を呼べば、ぎゅっと強く抱き締められた気がした。
どうしたの、なんて。
聞くまでもない。
賢いシカマルだから、きっとあたしの気持ちなんてお見通しだったんだ。かくしたつもりだけど、そういえば昔からシカマルには隠し事なんて出来なかった。

あんな醜い感情を知られても、抱き締めてくれた。

それだけですごく安心して。


「シカマル、ナルトたち待ってるよ」

「いいだろ、少しくらい遅れたって」

「だめだよ。一回帰ってサンタの格好しなきゃ」

「…本気でするつもりか?」


はあ、と呆れたようにため息を吐いたシカマルとクスクスと肩を揺らすあたし。
今日はクリスマスだというのにこのあたりはイルミネーションどころか街頭もなく。
けれどなんだか浮き足立ってしまうのは、いつもより光っている星空のせいなのか。


「ねえシカマル」

「ん」

「シカマル、好きだよ」

「なんだよ、急に」

「急じゃないよ。いつも思ってる。ねえシカマルは?」

「はあ?」

「シカマルは、好き?」


あたしのこと、好き?

なんて。シカマルの腕の中にいるこの状態で聞くのはおかしいって分かってる。
本当はね、ちゃんと伝わってるんだ。
…伝わっているのだけど。
だけど今日だけは。

大好きなその声で名前をよんで。
大好きなその手で抱き締めていて。

黒い汚い感情は、それだけで消えてしまうから。

だから、お願い。




夜空の星がきらりと流れた。それだけで聖なる夜みたいに清らかで。
見上げれば呆れたように笑ったシカマルが仕方ねえなって言いながら、耳元で小さく呟いた。





(それは今、いちばん欲しかった言葉)




end.



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