全君その後




不安になってごめん。
いつまでも子供で、ごめんね。

だけど二人で決めたこの合図が、見えない不安から、あたしを守ってくれるの。





「あら、おはよ」
「あ、サクラ!おはよ」

朝、学校について階段を上り終えたころ後ろからサクラの声が聞こえた。おはようと挨拶をすると、また後ろから、おっはよー!といのがかけ上がってくるのが見えた。

「ねえねえ聞いてー!さっきサスケくんに会っちゃった〜!」
「なに?自慢?」
「そーよ自慢よ〜!いいでしょサクラー!」
「ふん!朝から騒がしいわね!」

サクラといのの中学から変わらない言い争い。あのときから変わらなすぎて呆れちゃうけどなんだか微笑ましい。

「なに一人で笑ってんのよー!あんたは誰かいないの〜?」
「えっ、あ、あたし?!」

いのから急に振られたもんだからなんだかすごく焦ってしまった。
いないよ、なんて言うのもあれだし、かといっているよ、と言ったものならたぶん根掘り葉掘り聞かれるだろう。
もごもごと言葉に迷っていると、どん、と誰かにぶつかって一瞬だけ目をとじた。

(あ…)

その一瞬で甦る。
あたしは何度この人にぶつかったんだろう。


「お前それわざとなの?」


ぼそりと聞こえた声と言葉にどきり。
鼓動が鳴ったまま見上げればやっぱりその人がいた。

「せ、せんせ…」
「もー!あんたどんくさいわね!」
「カカシ先生おはようございます!」

おはよ、とサクラに答えたあといのとあたしにもおはよと付け足した。

「お前鼻赤いよ」
「えっ?!」
「気を付けなさいね」

そう言って優しく微笑んで、それから…ぽんぽんとあたしの頭を撫でて横切っていく。

(ふ、ふいうちだ…)

顔がみるみる熱くなって、きっと赤くなってるはず。
それを見られないように俯いたのだけど。

「あっれー?顔真っ赤!」

のぞきこんできたのはニヤニヤと悪どい顔をしているいの。

「なになにあんたカカシ先生なわけ?!そういえばカカシ先生も私たちとは違う態度だったわね…なんか柔らかいっていうかぁ…もしやあんたたち…」
「な、なに言ってんのいの!あたしはああいうスキンシップに慣れてないだけ!」
「そうなのー?あんたって案外奥手なのね」
「あはは、そうなのよー」

うまく誤魔化せたのかどうか分からないけど、それ以上その話は進まなかったからたぶん誤魔化せたんだと思う。
ちらりとあたしとカカシ先生の関係を知っているサクラを盗み見れば、ハァと呆れたようにため息をして、別れ際。

"気を付けなさいよ"

と釘を刺された。

授業が始まったけれど、あたしはサクラの言葉が頭の中で響いてる。

そうだよね、気を付けなきゃだめだ。
世間では許されない秘密の恋。
これがバレたりしたら…きっとカカシ先生が辛くなる。

しっかりしなきゃ!
心に誓ったその日その時から、あたしは二人きり以外の時は必要以上に先生を避けた。
二人きりのときはいつもどおり、話してる。メールだって電話だってしてる。先生からどうして避けるの、なんて聞かれたけど本当のことを言えば気にすると思ったから、そんなことないよ、と言っておいた。

大丈夫、分かってくれてるはず。

そう思っているのに。
頭ではきっちりと決めたはずなのに、先生と廊下とかで会うたびになんだか胸が、痛くて。
少しだけ寂しそうな瞳をする先生を見るのも辛くて。

ちょっとだけ、ちょっとだけだから。

そう思いながら通り過ぎる先生をすがるように見詰めた。


「………」
「………」


先生は、やっぱり大人。
目があったけれど、すぐに逸らされて。あたしがしてきた今までの態度を、そのままそっくりやってくれた。

きっと伝わったんだよね…。
あたしが目を逸らしてきた理由。きっと分かってくれたんだ。
さすが先生!なんて喜んでいいはずなのに、なぜかとても胸が痛くて。
終いには喉奥がじりりと苦しくなってじんわり涙まで浮かんできた。

あの優しい瞳が…大好きな微笑みが、見れないんだ。

もちろん、二人きりのときは見れるのに、みんながいるときだけなのに、何よりもあたしがそうしたくせに。
泣きたくなるなんて矛盾してる。

(バカだな、あたし…)

すびっと鼻をすする。
不必要に滲んだ涙を拭おうとした、そのとき。


「えっ」


ぐいっとその腕を引っ張られてすぐ近くの教室へ押し込まれる。
ばたん、と閉めた扉。薄暗いそこは見覚えのある荷物だらけの資料室。


「あ、あの…」


あたしの腕を引っ張ってそのまま離さないその手。
見上げれば、さっきあたしの横を通り過ぎたはずの先生の背中。

「せんせ…?」

恐る恐る呼べば、ゆっくりと振り向いた先生の瞳があたしを捉えて。
さっきはすぐに逸らされたその瞳があたしを優しく見つめている。


「悪いな、急に」
「………」
「でも、」
「…?」


"二人になりたくて、"


先生の声と、同じくらいにふわりと包み込む先生の匂い。
抱き締められた腕の中であたしは目を丸くするばかりで。
あたしの肩口に顔を埋める先生の柔らかい髪が首もとをくすぐるから、あたしはようやく先生の背中に腕を回す。


「先生、あたし…決めたのに。自分で決めたのにやっぱり無理で」
「…うん」
「でもそれじゃあ先生に迷惑かけちゃうの」
「どうして?」
「だってバレちゃったら、先生は先生でいられなくなるでしょ?」
「それ言ったらお前もでしょ」
「あたしは…先生が辛くなるのだけは嫌なの。それだけなの」

じんわりとまた涙が滲んだ。
あたしはやっぱり子供だ。決めたことも実行に移せない。すぐに挫ける。
こんなんじゃ先生を、守れない。

先生の匂いのする腕の中、滲んだ涙でついに白衣を濡らしてしまいそうになったとき、ふわりとあたしを抱き締める力が弱まって同時に降ってきたのは先生の優しい声音。


「―――」


お互いの腕の力を弛ませれば、自然とお互い視線が相まって。
次に続いた先生の言葉に、あたしは嬉しくなってまた涙を浮かべてしまった。
そんなあたしの頬を大きな手が包み込む。

「泣き虫だね、お前は」

困ったように笑った先生が、ひとつ、おでこに優しく口づけた。







今日も騒がしい朝の廊下。
慌ただしく教室に向かうとき、前からきらきら太陽の光に反射した銀髪が見えた。


「おはよ」
「おはよう、ございます」


何げなく、かわす教師と生徒の挨拶。
きっとまわりから見れば普通だけど、いつもと違うそれはこれからもずっと続いてくもの。

二人の秘密の合図はきっとあたしを強くしてくれる。
不安に満ちたこの恋からあたしたちを守ってくれるの。



微笑む

(だったら、笑って。
俺を辛くさせたくないなら、笑ってちょうだい。
どんな顔も好きだけど、笑った顔が一番好きなんだ。)




end.










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