*パロ


風をしゅっとかけられるとズキリと痛んで少しだけ体が動いてしまった。
痛みますかー?と優しい声が聞こえたけれど、あんぐりと口を開けていることと、それからこれからどんなことをされるのかという恐怖からか「はい」という短い言葉すら出ずに小さく頷くことしかできなかった。

「分かりました。先生が来るまで少しお待ちくださいね」

白衣をきた女の人はあたしの恐怖心を取り除くようににっこりと笑う。
その微笑みにつられてかあたしもうがいをしながらぎこちなく笑った。

………が、やっぱり痛い。
口の中の水は温いのにキンと染みるように痛い。これって本当にひどいかも…。そう思った瞬間に、隣からキュイーンと恐ろしい音が聞こえてとっさに耳を塞ぎたくなった。

(や、や、やっぱり来なきゃ良かったかも!)

ドドドっと勢いよく走る鼓動が苦しくて思わず胸を押さえてしまう。

(今なら間に合うかも…!治療しなくたってほっときゃ良くなるかもしれないし…!)

そんなことを思った矢先にズキズキと痛む頬。触ってみるとぷくっと腫れてるようにも思える。

(もうっ…!バカっ!虫歯のバカやろおおおお!!!)

そうこころの中で叫んだと同時くらいだった。
再び登場した女の人がさっきみたいににっこり笑って声をかけた。

「いす倒しますねー」

(えっ、ちょ、まっ…)

心の叫び虚しく自動で倒れていくいすに成す術なく、沈んでいくあたしの体。
ぎらりとライトを照らされたあと、口を開けてください、と今度は男の人の声。
カタカタと機械の音も聞こえてきかたもんだから、もう始まるのね…と諦めて。

(でもやっぱり怖いっ!)

往生際の悪いあたしは最後の足掻きと言わんばかりにぎゅっと目を瞑った。

そのとき。

しゅっとこめかみの近くで風がふいて前髪がぱさりと散らばる。
何事かと思って、一瞬だけ力が抜けたその耳元で。


「大丈夫。怖くないですよ」


聞こえた声はマスクごしだけどとても優しくてこんな時なのに、どきりと鼓動がなった。
思わず見上げると、マスクとキャップで大半覆われている顔からさっきの声みたいに優しい瞳がにこりと弧を描いていた。

「痛くしませんから、大丈夫ですよ」
「…はい」

さっきまで感じていた恐怖心はどこへやら。
その声を聞くと不思議と安心できたのだけど。

(先生…かっこいい)

とくとくとまたさっきとは違う鼓動が体中を駆け巡ってしまった。


出会う

あんなに憎たらしかった虫歯に今はちょっとだけ感謝するなんて、ね。


end.







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