「先生、彼女さんに振られたってほんと?」

どこから聞いてきたのか普通なら聞きづらいだろうことを、なんの悪びれもなくさらっと聞いてしまうあたり子供は怖い。

「どこから聞いたの、そんな話」
「紅先生が教えてくれた」

犯人はアイツか…と思いながらも、いまだ振られたのかどうか知りたいというこの子の瞳にため息が出た。

「…そうだよ、振られたの。ざっくりとね」

その無垢な瞳を向けられて諦めながら答えると急にちょんと眉尻がさがった。


「どうして振られたの」
「……」

内心そこまで言わなきゃいけないの、と思ったけれど、もう終わったことだしまだ無垢な瞳を向けられているし、別にいいかなんて思い始めて。


「先生、つまんないんだってさ」
「つまんない?」
「そう、だから他の人の方がいいらしいよ」
「へえ、それって他の人に乗り換えたってこと?」
「うん、まぁそうなるかな」
「ひどいね。先生つまらなくないのに」
「そう?」
「うん、先生と話してると楽しいよ。色んなこと知れて」
「…それはどうも」

突然、一回りも違う女の子に慰められた気がして面食らっていれば、目の前の彼女の目尻が今度はどんどんつり上がっていく。

「先生より楽しい人なんているの?!」
「や…いると思うよ。俺、仕事ばっかりだったから」
「そんなの!!熱心に仕事してるんだからいいじゃん!無職の方がいいってこと?!」
「いや…そこまでは…」

しまいには鼻息をふんと鳴らしていたからまぁまぁなんて宥めるおかしな構図。そんなこともお構いなしな彼女はさらに口を開いた。

「先生かっこいいのにね」
「?」
「とっても優しいのにね」
「……」
「何でも出来るし、すごく頼りになるのに」


言いながら、何故か小さくて白い手が伸ばされて。慰めるように何度も何度も俺の頭を撫でている。…といってもこの歳だ。一回りも違う教え子になんでこんなことされてんの、と思いながらも心配そうな彼女の瞳を見るとその手を退けられなくて。

「ありがとうネ、慰めてくれて」

撫でられている手はそのまま。
何度も髪を擽られるたびになんだか心地良くなってきてしまった。
そんな俺の目の前で、彼女はまたころりと表情を変えた。

「違うよ」

それは微かに潤んだ瞳、何故かみるみるうちに染まっていく頬が確かに見えた。

「慰めてるんじゃなくて…告白だよ」

「…え?」

ぼそりと聞こえた声に心地良さに浸っていた脳がはっとしてつい聞き返してしまった。

さっきより真っ赤に耳まで染まった顔。恥ずかしそうにふいっと目線を逸らした彼女。
頭を撫でている手はまだ、そのままで。

「先生全っ然気付かないんだもん」

「……」

「でもそういう鈍感なとこも好き」




…ずっと好きだったんだよ。


そう続けられた言葉に目を見開くことしか出来なくて。
だけど真っ赤になりながらも俺の頭を撫でるその手は確かに心地良い。


…心地良いのに、

「なーんて!い、今の忘れてくださいっ」

ははは、なんて無理やり笑いながら後ろを振り向いて翻す。
もちろんあの心地良い手はもう離されていて。

ぽかんとした俺を残してずんずんと歩いていくその背中。

(なんなの、まったく………………冗談じゃないよ)

その背中はさらに遠くなっていたけれど、急いで印を結んだ。

冗談じゃないよ、あれほどまでに赤くした顔だったけど瞳は真っ直ぐだったのは確か。俺の頭を撫でていた手じゃない、反対側の手は意を決したように固く握られていた。
そんな姿を見たのに。
そんな姿で、好きと伝えてくれたのに。

何もかも忘れてだなんて、そんなこと…。

(冗談じゃないよ)




瞬身で移動した先は彼女の目の前。
目を丸くする彼女の瞳には少しだけ涙が滲んでいた。

「カカシ先生…?」

「さっきのが本当ならさ、」


何にも思わないのなら、興味がないということなのに。お前の背中を追ってしまったってことは何かあるのかもしれなくて。
だからとりあえず、お前のことをもっと教えて。
俺を好きというお前の声を、何故かもう一度聞きたくなってしまったんだ。


慰める

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