初めて聞いたときは、ああいい声だなってただそれだけしか思わなかったけど。
なんだかいつまでもその声音が頭の中を響いてる。

二度目に聞いたときは、何故だか心臓がトクトク早まった。
もっと聞いていたいなって思ってしまうほど。


「よォ我愛羅!元気にしてたってば?」

木の葉から何ヶ月かに一度、この少年が風影様に会いにやってくる。どうやら命の恩人らしく、風影様と交友関係にもあるらしい。
いつも風影室に籠もりっきりの風影様も、この日ばかりは街へ出て砂の国を案内するようで。

今日もあたしがいる小さな本屋の前を通る風影様とカンクロウさんとテマリさん。そしてその隣りにはきらきらした金髪の少年と、木の葉の忍らしい背の高い大人の人。

「我愛羅、我愛羅!オレラーメン食いてえってばよ!」
「ラーメンだぁ?そんなもん我愛羅が食うわけねえじゃん」
「いいじゃないかたまには!我愛羅、あそこに新しいラーメン屋が出来たらしいよ」

カンクロウさんにテマリさん。普段は引き締まった顔をしているのに、今日だけは普通の姉弟みたいに風影様に話しかける。ナルトという木の葉の少年も、風影様も、とても楽しそうで。
砂の国を行き交う人々もその様子を見るのがとても好きだった。

「ナルト、俺はあっちで昼寝でもしてるから」

そんな楽しそうな集団のひとつ後ろを歩いてその様子を穏やかな瞳で見守る人。そこにいる誰よりもきっと大人で、多分ナルトという少年の付き添いなんだろう。

「砂の国にまで来て昼寝?もう体力ねえんだからカカシ先生は!」
「お前と一緒にしないでよ…ま、一通り遊んできたなら知らせてくれ」

いつもだけど。
顔は忍服でよく見えなくて。
分かっているのは、銀色の髪の毛と。それといつも聞こえるその人の声。

あたしはその声に、何故だかソワソワして仕方なくて。
その一行が通り過ぎるとき、あたしはじっと耳を澄ます。

今日もあの声を、聞きたいと思ってしまうのだ。

(…今日も聞けた)

通り過ぎたあと、そんな満足感に浸る。
あたしは忍じゃないから木の葉のことはよく分からない。
だけど仲良くしてくれるテマリさんに一度聞いたことがある。

「テマリさん、いつも来る木の葉の人って忍なの?」
「ナルトのことか?」
「ううん、その付き添いみたいな人」

そこまでいえば、テマリさんはああと思い出したように呟いて。

「はたけカカシのことか。あの人は木の葉でも有名な忍らしいぞ」
「有名…?」
「火影候補ってことだよ」

(火影、かぁ…)

テマリさんの言ったことを思い出して、あたしはため息を吐いた。
どう考えたって世界が違いすぎる。

…って、違いすぎるもなにも声しか聞いたことないし彼のことは何も知らないのに。

(何考えてんだろ、)

二回目の、彼の声を聞いてからいつもこんな調子。話したこともなく、ましてやその姿も何ヶ月に一度しか見ないというのに、その人のことを考える時間が増えた気がして。

(無駄、だよね)

ふうとまたため息を吐いて、目の前のはたきに手を伸ばして。埃が積もっていそうな本棚をパタパタと叩いてみる。

(だけどせめて、話してみたいなぁ…。)

そんな欲張りなことを考えていたら。

チリンチリンと来客の知らせ。

「いらっしゃいま…」

やる気なく声を出してなんとなーくそちらを振り向いて……あたしは夢を見ているのかと勘違いをした。

「はたけ…カカシ…?」
「ん?」

思わず声に出してしまったその名前。テマリさんから教えてもらったその日から忘れたことなんて一度もなかった。

「知ってるの?俺の名前」

黒い忍服のポケットに手を突っ込んで、丸くなった背中はいつもあたしのいる本屋を横切る時のあの人そのもので。
そして何よりも、確信出来たのは、耳に残るその優しい声音。

「あ…!すみません!あの、えっと…」

初対面なのに思わず口走ってしまったせいで変な人に思われてしまったかもしれない。
それなのにずっと会ってみたいと思っていた本人が目の前にいるせいかうまく次の言葉が出てこなかった。

「えっと…木の葉の…風影様に…」

言葉が出てこないだけじゃなく何を喋っているのか分からず、ただただ顔が熱くなるのを感じた。
そんなあたしに目の前の彼は、ふわり。
唯一見えている右目を弓なりに描かせて。

「この本屋、気になってたんだよね」

見てってもいい?
そう言って、周りを見渡した。
あたしはといえば、小さく"はい"と返事をすることしか出来なくて。
カウンターにぽつりと突っ立って、本棚を見渡している彼を見つめた。

小さな隙間から見える、初めて見る肌の色。
ごつごつした大きな手なのに指先は華奢で。
近くで見れば見るほど、ゆらりと揺れる銀色の髪の毛がキレイだと思った。

「本が、好きなんですか…?」

気がつけば、話し掛けてしまった自分に驚きつつも、声が聞きたいと思ってしまったのも本当で。

「そういえばいつも、本持ってますよね?」

横切る時、盗み見してることすら恥ずかしげもなく言ってしまった。
所詮あたしと彼は世界が違う。会いたかったことは事実だけど会えたからって何かが変わるわけでもない。
それなら、あとで後悔しないように。
ずっと聞きたかった声を、ずっと話したかったことを。

たぶんあたしは、恋をしているから。



驚いたようにちょっとだけ右目を見開いた彼を見て、やっぱりドキドキと鼓動が鳴った。
目に映る彼のすべてがかっこいいと思った。

「なんでも知ってるんだな」

はは、と小さく笑った彼。その笑顔にまたぎゅっと胸を掴まれたみたいに苦しくなって。
だけどその苦しさは信じられないほど甘く体中に広がっていく。

「これ、あたしのお薦めの本です!良かったらどうぞ…!」

緊張して動きづらい体を無理やり動かして棚にしまっていた一冊の詩集を取り出して、なかば強制的に渡した。
彼はまた驚いたように目を丸くしたけれど、またにっこりと笑ってくれた。

ああ、あたし。やっぱり好きなんだ。

そう思った頃に、外から聞こえたのはあの金髪の少年の声。
彼の名を呼ぶ少年が遠くから手を振っていた。

(も…帰っちゃうんだ…)

少しだけがっかりしてしまったら寂しさが急に襲ってきてあたしの眉尻は自然と下がってしまう。
だけどその瞬間に、さらりと髪を撫でられた。

「え…?」
「ゴミ、ついてた」
「あ、ありがとうございます」

触れられたのは髪の毛なのに何故か頬が燃えるように熱いのはどうしてだろう。
きっと赤くなっているだろう顔を悟られないようにぐっと耐えていたのに。


「こっちこそ、ありがとネ」

あたしから受け取った詩集の本を片手に微笑んだあと。


『また来るよ』

小さく耳元でその愛しい声が囁いたから。
あたしはついに呼吸をするのも忘れて固まりながらも、猫背の彼の後ろ姿をしっかりと見えなくなるまで見送っていた。

囁く


今度会える日まで、きっと毎日。
あたしはあなたのことを考え想うのだろう。



end.




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