博士が立ち去った後‥
ゴーシュさんと私は再び席に着いた。
「‥もう、博士ったら‥!
有り得ないわよ、あんな格好して こんなカップルさん御用達 なお店にやって来るだなんて‥っ‥」
「まあまあ、話し込んでしまった僕が悪い節もありますし。
そう責めないでやってください」
「別に責めちゃいませんけど‥
ちょっと目を疑っただけで」
『―‥衛生対策と感染防止はきちんとしている』
『この万全なPPEの、何処に落ち度があると?』
「博士の言ってたことも、間違ってはいませんでしたしね。
‥‥でも やっぱり有り得ないわ‥」
「ぴーぴーいー? とか、せいのうなんたら‥とかの事ですか?」
「ええ、まあ‥。
医療用語ですから、医療に携わる人たち以外では馴染みの無い言葉だとは思いますけど」
「そうですね‥‥
博士とは親しいつもりですが、僕も初めて聞きました」
「あは‥同じ仕事でもしてなきゃ耳にする機会なんて滅多に無いでしょうし、仕方ないですよ。
私は館長命令で医療班にアシスタントとして業務補佐に回されたり、博士に頼まれて患者さんたちのお世話をさせていただいたりでよくディスパッチされていますから、そういうのを覚える機会に恵まれてるだけ」
冷めてしまったお茶を飲みながら微笑んで話す。
ゴーシュさん、博士とは仲良しだものね‥♪
「それにしても‥
すっかり話し込んじゃいましたね。
スコーンとデザートがまだ残ったままだわ」
目の前に置かれたティー・スタンドを見れば、サンドイッチが置かれていた下段だけが空になり 他は未だお菓子が乗っている。
「ああ‥本当ですね。
リーシャと一緒ですと話すより食べる方が優先的なんですが、リリィと一緒ですとやはり逆になりますね」
「ふふっ。 あの娘は食べること大好きですからね。
‥お茶、淹れますね。
ティー・カップ、お預かりできます?」
「ありがとうございます。
僕は少しお店の人と話してきますね。
ご迷惑をお掛けしてしまいましたし、謝ってきます」
私にティー・カップを預けると、ゴーシュさんは すっ‥と席を立つ。
「‥私もご一緒しましょうか?」
「いえ、僕一人で大丈夫ですよ。
女性に頭を下げさせるのは気が引けます」
同行を申し出ると、やんわりと断られてしまった。
そのまま彼はお店のカウンターに向かって歩いていった。
うーん、さすがゴーシュさんね。
あの日と変わらず 気遣いの仕方が素敵だわ‥♪
「‥ありがとうございます、ゴーシュさん‥♪」
遠く店員さんと話すゴーシュさんの後ろ姿を見詰めながら、彼には届かないお礼を呟いた。
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