一段目のプレートには、小さくカットされたサンドイッチが六切れと、小ぶりのロールパン・サンドが二つ。
厚焼き卵仕立てのタマゴサンドに、ロールパンの方はマッシュ・ポテトのサラダサンドのようだ。
ロールパンとタマゴサンド二切れを、自分用の取り分け皿に運び置く。
残りの一切れは食べられるか解らないので取らずにおいた。

その後に きょろきょろとテーブルの上を見回していると―‥

「‥リリィ? どうかしましたか?」

真向かいから私の様子を見ていたゴーシュさんに、不思議そうに問い掛けられた。

「んー‥カトラリーとか、なかったかなって思って。」

「カトラリー?」

「そう、カトラリー。
 ナイフとかフォークとかのことで―‥
 ‥あ、あった」

それは、ゴーシュさんの左手側に置かれていた。
編み枝で作られた小さな籠に、可愛らしいハンカチーフが掛けられている。

「すみません、ゴーシュさん。
 その籠、取っていただいても構いません?」

「あ、これですか」

控えめに指差すと、彼が気付いてテーブルの中央脇に置いてくれた。

「‥♪ ありがとうございます」

ハンカチーフを取ると、中にはナイフやフォーク、綺麗に折られたナプキンなどが二揃えづつ入っていた。
フォーマル・セッティングのないお店って、こういうカトラリー・ケースがついてくるのよね。

「はい、ゴーシュさんもどうぞ」

「ありがとうございます」

組まれたナプキンの片方を取ってゴーシュさんに渡し、もう片方を自分の膝の上に敷いた。
これできちんと食べられるわね。

「‥いただきます♪」

サンドイッチを乗せたお皿を前に、両手を合わせる。
サンドイッチをひとくち食べると、卵焼きのふわふわとした食感とパンチの効いたブラック・ペッパーに思わず顔が緩んだ。
‥うん♪ いい仕事してるわ♪

「―‥」

「‥‥ん?
 ゴーシュさん、どうかしました?」

ナブキンを受け取りはしたものの、それは自分のお皿の手前に置いたまま。
私の方をずっと見つめ続ける彼の視線に、ふと手が止まった。

「召し上がらないんです?
 卵焼き、冷めちゃいますよ?」

「あ、いえ‥
 いただきます」

「‥‥?」

そうしてナプキンを広げ始めたゴーシュさん。
何だかよく解らないけど、まあ いいか。
私は再び美味しいサンドイッチに手を伸ばした。

「リリィは、こういった軽食がお好きなんですか?」

「‥え? 軽食?」

「はい。先日も、しっかりとした食事はとっていませんでしたし」

ゴーシュさんと出掛けた日。
確かに、きちんとした食事をする彼を前に、私はそれに釣り合わないカフェ・メニューを選んだ。

「‥今 思えば、仕事で同行したときなども 食事をするとなれば貴女が選ぶものはいつも軽いメニューばかりでしたね」

「‥やだ。そうでした?」

「ええ。
 まさか、とは思いますけど ダイエットですか?」

「え。」

ストレートにぶつけられた意外な質問に思わず吹き出した。

「いやだ、そんなわけないじゃないですか!
 ダイエットなんて、生まれてこのかた一度もしたことないわよ。‥ふふっ」

「そうですよね。
 リリィは殊に甘いものとなると僕の方が面食らうくらいですし。
 あまり食べない普段の姿を見ていますと驚きます」

「だって、甘いものは別腹って言うじゃないですか。‥ふふっ♪」

くすくすと笑っていると、再びからかうようなゴーシュさんの声。


「甘いもの と‥
 お酒も、ですよね」


「え、お酒?」

「はい。
 館長から聞いていますよ。
 お酒の入ったリリィの武勇伝を幾つか」

「ぶ、武勇伝 ですか‥」

‥あんの道楽館長、またゴーシュさんに妙なこと吹き込んで―‥

「館長から何を聞いたんです‥」


「そうですね‥
 店に殴り込んできた荒くれを叩きのめした、とか」


 ‥‥!?


「芝居だったとはいえ、依頼の標的相手を大胆に誘惑して迫った とか」


「‥‥」


「同じく芝居だったとはいえ 館長の目の前でジギー・ペッパーを本気で殴り倒した、とか―‥」


「‥‥‥‥。」

「‥―あれ?
 もしかして違いましたか?」

突然と無言になった私に、訝しげな顔を向ける。

「ち‥違わない‥‥です‥。」

「そうですか。よかった」

「全っ然よくないっっ。
 あんの道楽放蕩傾奇(どうらくほうとうかぶき)男!!!
 また余計なこと吹聴してくれて!!」

「館長も、凄い言われようですね」

声を荒げた私を見て、ゴーシュさんは肩を震わせて笑いを凝らしている。
ゴーシュさん、いつも笑いすぎ。

「事実です!
 今度会ったら只じゃおかないんだから‥っ!」

「まあまあ、そう怒らないでください。
 誰でも好きな人の話をするときは口が軽くなるものですって」

「す、好きな人って‥」

ゴーシュさんの口から飛んだ言葉に思わず絶句した。

「普段はあんなでも、あれでいてあまり自分の胸の内は表に出さない人ですよ。館長は。
 それが、リリィの事を話しているときの館長はいつも楽しそうですから」

「それは単にからかわれてるだけのような気がします‥‥」

「そうですか?
 貴女の事を大切に想っていなければ あんな顔 はできないと思いますけどね、僕は」

あんな顔 って、一体どんな顔なんですか ゴーシュさん‥‥。

「‥―それにしても」

語調も明るく、紅茶の注がれたカップを傾ける。
彼のくちびるが突如として立て始めた脈絡のないセリフに、私はまたしても閉口した。

「ジギー・ペッパーも随分と雅量ですよね」

「え‥雅量?ですか?」

「ええ」

「どうして?
 ジギーが寛大だなんて」

確かに、ジギーは底抜けに優しい人だけど。
ゴーシュさんがジギーに対してそんなこと言うなんて―‥

「貴女の事を想えばこそ、という彼の姿勢にも感服するものがあるかと」

「え‥」

‥そして、ゴーシュさんの炸裂弾が弾け散った。


「 貴女を抱こうとしないジギー・ペッパーの理性のことですよ。
  未だに プラトニック を貫いているなんて、本当に尊敬します 」


「ええ!?」

辺りに響いた頓狂な大声。
それによって、幾つかのテーブルからこちら目掛けて一斉に視線が飛ぶ。

「―‥っ」

射的にされてから しまった! と思ったが時既に遅し。
内心で汗だくになりつつ、目だけを動かして辺りを伺う。
興味深げにまじまじと見ている女性グループもいれば、こちらを見ながらひそひそと声を静めているテーブルもあった。


 う‥‥
 さすがカップルさんや女の子が多いだけの事はある‥
 たかがこれしきの事でここまで注目されるなんて‥。


如何したものか、この状況は―‥
そんなことだけを頭の中に四苦八苦していると、ふと視界に入り込んだ真向かいの彼。

「‥‥、―‥っ‥」

口許を隠してお腹を抱え、静かに空気を震わせながらの大笑いも大笑い。
これは、絶対に確信的犯行だわ‥‥。

「‥‥ゴーシュさん、さっきから楽しんでますね‥」

「‥‥っ‥。
 い、いえ、決してそのようなことは‥っ‥」

「笑いすぎですってば‥」

「すみません、つい‥
 ‥ふふ」

「‥‥もう。
 リーシャといいゴーシュさんといい、二人とも本当にいいコン―‥」


「 珍しい組み合わせだな、こんな所で 」


「―‥え‥」

不意に、その場に聞き覚えに新しい声が響いた。

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