「‥コーヒーでいい? ジギー」


一方的な粘り勝ちをされて、私は彼を家に招き入れることになった。


「ああ。悪い。」


ジギーと一緒にいられるのは嬉しかったけれど‥


「ううん‥
 ちょっと待ってね」


渦巻いた苛立ちから、胸の中はもやもやとしたままで。


 ――‥カチャン‥


「‥はい。どうぞ」

「ああ‥。ありがとう」

「‥‥‥」


ジギーに当たるなんて、筋違いなのは解ってる。


「‥‥?
 リリィ‥
 これ、いつもより砂糖‥控えたか?」

「うん。いつもの半分入れただけよ。
 苦い?」


‥解っては、いるけれど‥‥


「いや、苦くはないが‥。」


「ジギー、いつも甘いの飲みすぎ」


‥やっぱり刺々してしまう。


「‥そうか」


俯き加減にふっと笑ったかと思うと。


「あ‥‥」


おもむろに私の背後に回り、後ろから抱き締めてきた。


「もう‥ジギーってば‥‥。」


‥広い胸。
あったかい腕‥‥。


「‥珍しいな。
 お前がそんなに怒るとは」


苦笑い気味に言われて、


「‥余計なお世話よ」


ぷい、とそっぽを向いた。


「‥‥あの娘が悪いのよ。
 人の気も知らないで」


今さら、説明するまでもない。
‥リーシャの事だ。


「ああ‥
 そういえば、リリィがゴーシュ・スエードと二人で出掛けているのを見た と言っていたな」

「‥そうね。
 見かけたみたいね。
 それで、勝手に勘違いして、勝手に思い込んで突っ走って‥
 自分の解釈ばっかり押し付けて。
 馬っ鹿みたい。」


耳元で、甘く心地よい声がする。


「フィゼルと、ハチノスの廊下で鉢合わせた。
 彼女から事情を聞いて、フィゼルの誤解だと思った。
 だから、お前のところに連れていった」


‥そう。
だから、あんなこと になった。


「‥‥泣いていたぞ。」

「そうでしょうね。
 泣かせとけばいいんじゃない?
 きっと、いい薬になるわ」


冷たく言い捨てると、私の耳をジギーの溜め息が掠めた。


「‥本当にいいのか? それで」

「いいの。
 こんなことで崩れるのなら、それまでの娘だった って事でしょ。
 あの娘自身も、私との関係も。」

「‥‥‥。」

「あの娘が このまま にするのなら、私はもうあの娘には関わらないわ。
 その方があの娘の為だから。
 ‥だいたい、度が過ぎるのよ。あの娘は」

「‥言い出したら聞かないからな、お前は。
 しかし‥
 少し、やりすぎなんじゃないのか?」


  『ジギーまで巻き込んで‥
   あんたって娘は…っ!』

     ――パシン!!

  『‥リーシャ。
   あんた、自分の事を何様だと思ってるの?
   ふざけるのも大概にしなさいよ』


「――‥何も、手を挙げる事はないかと思うのだが」

「‥‥‥っ‥!!」

絡みつくジギーの腕を、ばっと振り払う。

「リリィ‥?」


「 いいわよね、あの娘は!!! 」


‥嵐の前の静けさ、だった。


「 大好きな人がすぐ側にいて! 」

「 嫌なことからは全部逃げて!! 」

「 堪える事もしないで、のうのうと甘えて!!! 」

ジギーの言葉をきっかけに、それまでぐるぐると音もなく渦巻いていた怒りが、豪々とした怒濤の激流に変わり‥


「 いざ不都合が起これば 自分だけ不幸者 みたいな顔して簡単に崩れて!!! 」


一気に爆発した。


「 そうやって自分勝手に崩れても、自分で片付ける前に周りが全部尻拭いしてくれて!!!! 」


濁情が溢れ、段々と自分の言葉が変わっていくのが解った。


「 今日だって そうよ!!
  ジギーが引っ張ってこなきゃ、あたしと話すことすらしようとしなかった!!!
  あの娘は いつもそう!!
  目の前にある事を見ようともしないで、逃げて逃げて 見えないフリして逃げ続けて!!
  そのくせ 周りを巻き込むだけ巻き込んでおいて、自分の痛みを庇うことばっかり優先して 人の事なんかこれっぽっちも考えてやしない!! 
  あたしの気持ちも、ゴーシュさんの気持ちも!!! 」


怒りが、心頭を越えた証だった。


「 今日だけじゃないわ!
  この間は館長、今回はゴーシュさんに加えて 何の関係もないジギーまで巻き込んだ!! 
  あたしだけならまだしも、あたしの大事な人たちにまで‥っ」

「リリィ、少し落ち着け」

仁王立ちで怒髪を立てる私に、宥める様なジギーの手が私の腕を掴んだ。


「 ‥っ!! 離して!! 」


力任せに払おうとすると、それよりも強い力が、私の腕を頭上へと捻り上げた。

「 !? 」

捻り上げられた腕を押され、背を向けていた方向の壁へと追いやられる。

「 何よ!?
  本当の事でしょ!?! 」

「‥いいから、落ち着け」

「んぅっ‥!!」

‥そのまま、迫ってきたジギーに乱暴にくちびるを塞がれた。

「 んー!! んんーっ!!! 」

抗議と、制止と、拒否。
未だ自由のある もう片方の腕で、ジギーの肩をめいっぱい叩いた。
‥叩いた というか、殴った。

「‥‥‥‥」

それでもジギーは私を解放せず‥

「‥!?」

‥逆に、壁へと押さえつけた私を抱き、私が暴れれば暴れるほどに、ますますと私の身体を抱き締める力を強めた。

「‥っ‥‥ぅ‥‥‥」

深くくちびるを奪われたまま、大たる男の腕力の餌となり、

「っ‥‥。」

息が詰まって苦しくなった私は、遂には抗うことを放棄せざるをえなくなってしまった。


「‥っ‥ふっ‥‥。」


ジギーの行為に拒むことを止めると、彼は程なくして私の身体を縛る力を弛める。

「‥‥‥‥‥」

次いでくちびるを解き放つと、静かな声が投げられた。


「‥‥落ち着いたか?」


「 ‥‥‥っ!!! 」


 ――‥バシッ!!


それに答えたのは‥
激化したままの私がジギーの頬を張った音、だった。


「‥‥‥つ‥。」

くちびるの端に赤い滴が滲んでいく。

「‥あ‥‥‥‥」

張り倒された痛みに少しだけ顔をしかめたジギーを目の前にして、怒りと昂りが急激に冷めていった。

「ふっ‥‥結構な威力だな」

左手でジギーが口許を拭うと、私の手が放った渾身の一撃で切ってしまったくちびるが生んだ赤い潤線が、歪みながらその跡を残す。

「そんな華奢な身体して‥
 何処からこんな力が湧いてくるんだ、お前は」

「‥‥ご‥めんなさい‥っ
 私‥‥ジギーまで‥‥」


ジギーまで、怒り任せにぶってしまった――‥


「‥‥ごめんなさい‥」

ジギーを張った自分の手―‥
白い布切れが無作為にぐるぐる巻きにされた、右手。
それを庇いながら、胸元で握り締めて俯いた。

「いや。いいんだ。
 ‥‥お前が落ち着いたなら、それでいい」

「‥っ」

穏やかな声に弾かれて顔を上げると、優しい眼差しが私を見つめていた。

「‥そんな顔するな」

「でも‥っ‥」

言葉を続けようとすると、ジギーはそれを遮るかのように微笑んだ。

「‥‥本当にごめんなさい。
 痛かった‥よね‥」

自分が張り付けた彼の頬にそっと手を這わせると、痛々しい腫れが熱を伝えてくる。

「気にするな。
 ‥それより」

「‥え?」

添えた手を、ジギーが引き剥がす。

「なんだ? この手は。
 ‥どうした」

「あ‥」

白い布切れ―‥包帯の巻かれた、右手。
ジギーの言っているのはその事だ。

「‥別に、何でもないわ。
 ちょっと転んだだけよ」

「転んで怪我をするのは、手のひら だろう。
 それならば何故、手の甲を処置している」

「‥っ‥。
 ‥それは‥‥」

「自分で巻いたのか‥?
 ‥何をした」

「‥‥‥」

―‥リーシャと喧嘩別れした後。
郵便館の中庭へ行くつもりが、その途中の渡り廊下でゴーシュさんに捕まった。


  『―‥、待ってください!! リリィ!!』

  『‥っ!!
   触んないでよ!!!』

  『!?
   言い過ぎたことは謝ります。
   だから少し落ち着いてくださ‥っ』


  『 あんの‥ 馬鹿娘っ!! 』


    ――‥ガッ‥!


     ガシャン!!!!!


  『 リリィ!!?! 』


‥―郵便館の窓硝子が私の拳撃に耐えられず、割れた。
硝子の切口から被った創傷。
飛び散り、突き刺さった破片。
右手の包帯は、その時の怪我だ。

「何も、してないわよ」

‥溜め息が、聞こえた。

「まったく‥‥。
 もっと自分を大事にしろ。
 ‥来い」

「え‥‥」

強引に腕を引かれ、そのままソファまで連れていかれた―‥。

「‥貸せ」

「あっ‥」

そこに座らされたかと思うと、ジギーは断りもなく包帯をほどいていく。
不細工なまでにあちこちに流れた巻き筋。
手部には向かない事を知りつつ、構いやしない と適当に巻いた環行帯だった。

「いっ‥‥痛ぅ!!」

「お前らしくないな‥‥無理もない。
 こんな無造作な巻き方では傷口がよれる。
 ‥‥どうせちゃんと手当てしてないんだろう?」

「ジ、ジギー‥」

私の呼び掛けには答えず‥
包帯をほどき終えると、赤く染みた庇護布をそっとめくった。

「ずいぶん酷いな‥‥
 消毒はしたのか?」

「‥‥‥」

「‥お前は‥‥。」

無言で返すと、呆れたような顔をした。

「出血が酷い。
 さっき俺を殴ったせいで傷が開いたんだろう。
 ‥どこにある?」

「‥え?」

「救急箱だ」

「あ‥。
 ‥そこの、棚に‥」

「そうか
 ‥待ってろ」

そう呟くと、手を離して背を向ける。

「‥‥ジギー」

「なんだ」


「―‥‥ありがとう」


怪我の手当てをしてくれる事へのお礼。
怒り狂った私を落ち着かせ、心配してくれる事へのお礼。
リーシャを私のところに連れてきてくれた、お礼。
‥こんな私を、それでも変わらず愛してくれている事への お礼―‥

膝をついて棚下に手を伸ばすジギーに、諸々の感謝を込めた ありがとう を伝えた。

「‥いや‥‥」

探り当てた救急箱を片手に、ジギーが戻ってくる。

「礼なら‥」

甘い眼差しを向けながら、私のお礼に受け答えた彼の言葉は―‥

「今度 リリィがゴーシュ・スエードに連れて行ってもらったといっていた あのカフェに、一緒に行くか。
 ‥フィゼルと仲直りした後でな」

‥―次のデートの、約束だった。

「‥‥うん。
 楽しみに‥してるね」

「‥ああ。約束だ」

微笑んで返すと また、ジギーも優しく笑ってくれた。
いつもの―‥私だけが知る とろけるように甘い微笑みで。


*****☆*****☆*****
乙女の揺らぎ‥アナザーサイド・ストーリー:その1。
ジギーに咎められたヒロインがジギーに八つ当たり ってな話。
ハチノスの硝子を割った挙句、ジギーまで殴ってるよ この娘は‥‥( ̄□ ̄;)
そんなヒロインを相手に、やっぱり何処までも駄々甘なジギーさん。
この 幸福者めっ!!(*ノノ)

以下補足。
環行帯 というのは、包帯の巻き方を記した 包帯法 の中の一つです。
環行帯は、手の怪我に施すは向きません。
一般的に、手等の間接が含まれる部位には 麦穂帯 という巻き方が用いられます。
劇中 リリィはイライラしっぱなしで消毒も無しに適当に巻いて終わりにしてた、ってな感じ。
他、ネタバレに関してはネタバレだけにしときます(をぃ

因みに‥
乙女の揺らぎ は、メインは 相方ヒロインのリーシャ嬢となっています。
リリィはあくまでもサイドストーリー。
サイドストーリーだけに、絡む相手がリリィお相手のジギーではなくて、9割半が相方ヒロインお相手のゴーシュ。
乙女の揺らぎシリーズの ジギー&ヒロイン は、これ以外にあと1話のみです。


Sat.8.Jan.2011
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