ゴーシュさんと一緒に歩く、郵便館からの帰り道。
リーシャがゴーシュさんとお付き合いし初めてから、こんな機会は全くと言って良いほど皆無だった。
そんな事を感じていたのは、私だけではないようで―‥

「‥なんだか不思議ですね」

「何がですか?」

「制服姿のリリィと、仕事以外でこうして歩いているのが です。
 仕事帰りに一緒に帰るなんて、いつ振りですかね」

「‥ふふっ」

‥つい、笑い声を零してしまった。

「‥? どうかしましたか?」

「私も、同じことを思っていました」

「リリィもですか」

「はい。
 ゴーシュさんがリーシャとお付き合いするようになってから、ゴーシュさんと一緒に帰る機会なんてなくなっちゃいましたからね。ふふっ。」

「ああ‥そういえば そうですね。
 帰宅時間が合えばいつもリーシャと一緒に帰っていましたし」

「でしょう?」

「ええ、まあ。
 でも、リリィの帰還も遅いことが多いですよね?
 僕が帰る時間にはあまり見かけませんし」

隣を歩くゴーシュさんが、ふとこちらを見る。
私は、ふるふると首を横に振った。

「いいえ。
 実は、そうでもないんですよ」

「‥え、そうなんですか?」

「はい。
 ゴーシュさんがお一人でいらっしゃる時も何度か見かけてたんですけど、あえて声掛けなかったの。
 下手にご一緒できないから」

「‥‥?
 どういう意味です?」

「一緒に帰ってる姿なんて、リーシャに見つかりでもしたら何度 今回みたいな羽目になったか知れないですよ」

「‥なるほど。 一理ありますね」

「一理どころじゃありませんって。ふふふっ。」

「気苦労掛けますね‥‥すみません」

「別に、ゴーシュさんが謝ることじゃありませんよ」

くすくすと笑いながら、ふと夜想道に並ぶお店に目を向ける。
視界に飛び込んだのは、オープンしたての新しいカフェ。

「‥あら。
 あんなところにカフェができたのね。
 紅茶と手作りワッフルのお店、ですって。
 ‥‥可愛い♪」

テラスに被るポンパドールのようなピンク色の傘と、お店を囲う低い柵に飾られた色とりどりの花籠。
近付くとワッフルの芳ばしく甘い香りが漂ってくる。

「せっかくですし、寄っていきますか?
 リリィの時間があるようなら ですが」

「え、いいんですか?」

「僕は構いませんよ」

「ん‥じゃあ、お言葉に甘えちゃいます♪」

お店のPR用に出されているメニューに載ったワッフルの絵に、思わず頬が緩む。

「ふふ、リリィの甘いもの好きは筋金入りみたいですしね。
 奢りますよ」

「え‥そんな、駄目ですよ」

「いえ、今日は奢らせてください。
 たまにはいいではないですか、こんな時くらい」

「‥‥ゴーシュさん、妙なところで強引ですよね」

「そうですか?
 ‥さあ、入りましょう」

ゴーシュさんが、扉を開けて私を先に通そうと待っていてくれる。
お店に一歩踏み込めば、そこは年若い男女の淡い恋色世界。

「そこのソファ席と、通り沿いのテラス席が空いていますね。
 リリィはどちらが良いですか?」

「テラス席がいいです♪」

「解りました。
 ‥‥コール・オーダーのようですね。
 メニューをお借りしてきますので、先に席で休んでいてください」

「あ、はい。 ありがとうございます」

そう言うと、ゴーシュさんはお店のカウンターへと向かう。
私は先にテラス席へ座った。
‥面白い造りのお店。
出入口に扉があるのに、街路に面したテラスもある‥テラスを柵で囲うことで、屋外でも お店の中 なのだと主張している。
なかなか斬新なアイデアだ。
‥また今度、ジギーと一緒に来ようかな。

「お待たせしました」

ゴーシュさんが向かい側に座る。
テーブルに三冊のメニュー表が並べられた。

「こちらがドリンクのメニュー、こっちがデザートと軽食のメニューです。
 ‥‥あと、これ」

「‥‥? え、何これ」

ハート型に切り出された、他の二冊よりもコンパクトなメニュー。

「カップル専用メニュー、だそうです」

「‥‥なるほど。
 だから、お客さんにカップルさんが多いのね」

「そのようですね。
 ‥どうしますか?
 リリィの好きなものを選んでいただいて構いませんが」

「ん〜‥‥そうですね‥」

三冊のメニューに、一通り目を通す。
カップル専用メニューは、一品が全て二人分仕様になっている。

「なんか、面白そうだからこれにします」

ハート・メニューの中に記された一つを指差した。

「恋人たちのアフタヌーン、ですか。
 ドリンクは何がいいです?」

「やっぱり、ロサの華茶で♪」

甘いスイーツと、大好きなロサ・ティー。
つい、語尾が上がってしまう。

「ふふ、リリィも好きですね。
 ではオーダーしますね」

ベルを鳴らすと、程なくしてお店のスタッフが伺い立てに来る。
ゴーシュさんがオーダーを告げると、一礼をして戻っていった。

「‥‥なんだか本当、不思議ですね」

夜想道を歩きながらゴーシュさんが呟いたと同じセリフが、無意識にくちびるから飛び出した。

「ん? 何がですか?」

「‥ぷっ」

「リリィ?」

「あ、すみません。
 さっき、表を歩いていたときにお互いに言っていたセリフが逆転してるなって思ったら何か可笑しくって。ふふっ。」

「不思議ですね、何がですか の下りですか?」

「ええ。‥ふふふっ」

「ふふ、僕も無意識でした。
 なんというか、この間 付き合っていただいた時にも思ったのですが〜
 やはり、貴女はリリィなんですね」

「え、私?」

「はい。
 貴女とのひとときは、リーシャとは全く違う。
 彼女とはできない会話、訪れない時間です」

「リーシャとはできない‥?」

「リーシャとは、このような柔らかく甘い感覚のデートはしませんからね。
 リリィならでは ですよ」

向かい席から優しく微笑まれたのが合図のように、二人で笑い合った。

「この間にも、かぁ‥
 あれ、本当にびっくりしたんですよ?
 まさかゴーシュさんからデートのお誘いが掛かるだなんて、思いにも寄らなかった」

「そんなに驚かせてしまいましたか?」

「そりゃ もう。
 ゴーシュさん、いきなり休暇取りに走るし。
 それも 逆方向 に。
 ‥ふふっ」

「あれは‥‥。
 いえ、お恥ずかしい限りです」

くすくすと笑いながら、数日前の 素敵な想い出 に心を這わす。
それから 私たち二人は、あの日の 甘い夢のようなひととき の話に、たくさんの花を咲かせることになった。

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