朝っぱらから館長に呼び出され、かと思えば その直後にはゴーシュさんに呼び止められ。
そしてリーシャには喚き散らされるわ そのまま喧嘩別れになるわ、久しぶりに会えたはずのジギーとまで些か微妙な顔合わせになるわ―‥
今朝は、色々な事が怒濤の如く一気に訪れた。
それも、ジギーの顔を見られた事 以外はあまり喜ばしくないことばかり。
加えて 館長からは妙な“雑用”を頼まれる、郵便館の窓硝子は割る、ゴーシュさんには暴挙を働く‥

「‥‥今日は厄日かしら」

夜想道を歩きながら ふぅ‥ と溜め息をつく。
通り沿いからは、そんな私の胸中とは似ても似つかぬ晴れやかな笑い声が弾んでいる。

「‥こんなところで湿っぽくなってても仕方ないわね。
 さ、今日も頑張って行きましょう!」

明るい声に元気を分けてもらい、自分自身に渇を入れる。
今日の配達はセントラル内全域が一束と、ユウサリ西部にある街の三地区が一束、バラは同街五地区。
このくらいの量ならば一日で配達し終えられたはずだけど‥出るのが遅くなってしまった分のしわ寄せ。
館長の蛇足もあることだし、一度帰還しなきゃならないだけにセントラル内を先に片してしまうのが得策な感。
西部に発つのは明日にした方が二度手間にならずに済む。

「今夜は家に帰ることになりそうね。
 良いのか悪いのか」

ふっと頭を過ったのは、館内で見たジギーの顔。
速達だけに、彼の勤務形態は普通郵便を扱う私たちとは違って少し変則的だ。
帰還が朝方になるのも、速達にはよくある事。
今朝 帰ってきたばかりならば、余程の火急便が無い限りは 次に配達に出るのは翌々日か早くても翌日か、のどちらかになる。
時折、私も臨時速達を請け負うことがあるだけに速達のハードさも少しくらいは理解しているつもり。
ジギーは 慣れ だと言ってはいるけれど‥慣れ で片付けられるものならば速達BEEが数人いてもおかしくない。
‥先代の速達は、ジギーが就任すると同時にアカツキへの栄転辞令が出たらしい。
ジギーに速達の総てを叩き込んだ上で、アカツキへと旅立ったとか。
聞けば、先代は 頭の切れる豪胆な漢‥キリエからジギーを引き抜いた政府上層に位する役人の友人 だったという。


 新しい速達候補員が出れば、きっとジギーもアカツキに行かされる


‥それは、一つの予感だった。
ジギーはキリエの教会建設にあたり、政府への多額の負債がある。
自費建築として、BEEとなり国へ貢献することを担保に政府から建設費を借りた。
公費建築として願い出る事もできたはずだが、そうしなかったのは竣成(しゅんせい)後の教会が ジギー・ペッパーの私財 として建造登録されるようにする為で。
彼の義妹‥ネリさんと、亡くなった義弟 ネロくんの為に。

速達は、ジギーの在する 速達課 と、もう一つ‥ 臨時速達課 なる部署がある。
臨時速達課は、私が普通課から速達課に異動願いを申し出たときに 鉄馬調達の為の体の良い言い訳に館長が勝手に取り付けた部署だ。

‥館長は、私を速達屋にはさせたくないようで。

館長の私情と言えば、私情。
そうでない と言えば‥公的理由に乗るものもあり、私情然りとも言えない。
ジギーがアカツキ栄転の命を下されたら、彼のBEE登録もユウサリ本部からは移籍される。
そうなれば、それはBEE‐HIVEの過大な損失になるのだ。


  『 ディンゴのいない君に、ジギー並みの速達は無理に等しい。 』


  『 ‥ジギー・ペッパーを、アカツキに行かせるわけにはいかないんだよ。
    君がジギーに助力したいのは解るが‥‥
    解って、くれるね? 』


‥ぐうの根も出なかった。
館長の言うことは、真っ当な正論。
ならば速達候補として試用してくれ と食い下がるも、万が一にも速達候補員などが出れば否応でも就任と栄転命令が下る、そんな自ら身投げするような危ない橋は渡れない と一蹴されてしまった。
それでも頑として引かない私に拱(こまね)いた館長が出してきたのが、普通郵便担当のままで速達も受けるという形‥臨時速達という案だった。


「‥よいしょっと。
 後は、街門近くの三軒に届けて終了ね!」

ずり落ちてきたカバンを担ぎ直し、再び歩き出す。
不意に鼻をくすぐる芳ばしい匂いに釣られてお店の看板時計を見上げれば、指し示す時刻はもうすぐ十八刻半。
すっかり いい時間 になってしまった。

二十刻までに郵便館に戻らなければ、館長が帰宅してしまう―‥それまでに、シナーズにも寄らなければ。

そんなことを考えながら、街を歩く速度を早めた。


‥臨時速達課設置に際して、上部へは 速達候補の見込みがある者へのテスト及び試運転としての部署 として申請したらしい。
館長の企みか、政府上層の私腹ゆえか。
ジギーのアカツキ転任が早まると考えたらしい政府は、新設に二つ返事で許可をした。
そんな背景で生まれた 臨時速達課 と、郵便館へ新たに送り込まれたもう一頭の 鉄の馬―‥エオス。
エオスは 速達便配達員の増員を目的として製作されたプロトタイプの一つだ。
速度と高速での操縦性、心の消費コストを重視して設計されていて、走行距離と安定性・頑丈性により重点を置いているジギーの鉄馬よりも細身で一回り小振りの体格をしている。
騎乗体勢も 傾斜騎乗型 と独特なスタイルをとる。
‥―私の乗る、鉄の馬だ。

しかし‥‥

私、リリィ・フォルトゥーナの名は、臨時速達を請け負うも 普通課普通郵便配達員 としてBEE登録されている。
今現在、臨時速達課に任しているBEEは“いない”のだ。
臨時速達課などというものは 専ら館長の思惑から誕生した影の存在であって、実際には未だ稼働すらしていない。

‥そう。私は、登録外 として臨時速達を担っている。

実態的には 事実上の臨時速達 に過ぎず、実績として業務記録には残らない。
‥別に、ジギーに助力したい その為だけに速達を願い出たわけではなかった。
確かに、彼の負担を軽くしたい という想いが少しもないと言えば、それは嘘になる。
だけど‥‥

通常業務としての普通郵便の配達。
特別警戒地域や厳戒指定地区への配達や調査。
館長の公的職務のアシスタントやサポート、医療班への協力と補佐、その他諸々の臨時業務―‥
時に、囮になることもある。
9割方のほとんどが専ら私の提案で館長としては不本意らしいのだけど、私だって馬鹿じゃない。
犠牲になるのが 私一人だけ ならば無謀な賭博を打つのも良いが、失敗すれば物であれ人であれ数多くを巻き込む事になる方が圧倒的。
だからこそ、ありとあらゆる布石を敷いて誤算を含めた値がほぼ確実だと判断できる勝算の数を叩き出してからでなければ、事になど及ばない。
例え 多少怪我をすることになったとしても、得るものは危険な橋を渡るだけの代価がある。

そうまでしても 欲しいもの が、私にはあった。

‥功績と、情報。

功績については、私の功労が認められると同時に館長のそれも上がる。
それは、私にとっては非上に都合が良い。なまじ偽りにでも 婚姻関係 を結んだ相手だ。
夫 の対外評価が上がれば、妻 としての上層への身の振りが楽になる。
政界を穿っていても、露骨には怪しまれないのだ。

ただ‥
館長がフォルトゥーナ姓を上層へどのように報告しているのかは、私には定かでない。
毎月のお給金、配当される郵便物の質や量、配達地区、その他の任務・雑用なども含めれば、悪いようにはしていない 事は解る。
だが それ以上の事は、解らない。
情報については―‥
自身の動きも元より、幾人かの協力者がいる。
彼らから情報を買ったり、提供の代価に“私事や依頼”を引き受けたりしながら情報収集している。
それと―
エオスのおかげで、歩いては行けない場所にも出掛けられるようになった分、明白でなかった事項が明らかになったり 思いにも寄らなかった事実が発覚したりなどもして増して確実に前へと進んでいる。

そして それらから導き出される答えは、いつも 一つの確定的予感 へと繋がっている。


 ―‥私は、アカツキへ行かねばならない‥―


だからこそ、忌々しい政府の殺人蜂 などにあえて身を染めたままでいるのだから‥‥


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