褐色の廊下に散らばる、小さく光る破片。
その上に、紅い雫が落ちていく。

「‥‥‥‥。」

硝子の破片に切り付けられた痛みから、怒りに染まった頭に少だけ静けさが戻る。

「‥っ、リリィ!!
 大丈夫ですかっ!?!」

銀髪のBEEが、大慌てで駆け寄ってくる。

「‥‥。
 ゴーシュ、さん‥」

「あああ‥っ‥手がこんなに‥!
 何て事をっ‥!!」

ポケットからハンカチを出し私の手に当てた。

「‥いっ‥つ‥‥。」

「す、すみません‥! 痛かったですか?」

「‥‥‥‥。」

流れる血が、真っ白なハンカチを紅く染めていく。

「‥余計なこと、しないでよ」

「リリィ‥?」

「放っといて って‥言ってるじゃないですか。
 ‥ハンカチ、汚れます」

「構いません。
 ‥‥少しは落ち着いたようで良かった」

そう言って微笑むと、応急措置ですが などと言いつつ傷付いた手を取りハンカチを巻く。

「初めて出会った時からリリィには何度となく手を焼かされましたが‥
 貴女がこんなにも激情家だとは知りませんでしたよ。
 正直、かなり驚きました」

「‥‥」

「勝気で大胆なのも、貴女の魅力の一つですが〜
 自分を傷付けるような真似は、いただけませんね。
 こんな姿を見てしまうと、心配になります」

「‥‥‥‥。」

「だんまり、ですか?
 らしくないですね。
 ‥‥一応、これで大丈夫でしょう。
 後できちんと手当てしてくださいね?」
ハンカチを結い終えると、ゴーシュさんはその場に座り込み 割れた硝子の後片付けを始めた。

「‥‥何、してるんですか。
 自分で始末します。
 配達 行ってください」

「いえ、リリィは怪我していますし」

「割ったのは私です」

「関係ないですよ、そういう事は。
 ‥あ、破片には触らないでくださいね。危ないですから」

破片を集めようとすると、すかさず彼に抑止された。
それでも構わずに拾い始める。

「‥相変わらず 頑(かたくな)ですね、リリィは。
 ジギー・ペッパーが心配しますよ」

「余計なお世話です」

からかいがち言われ、手向かう返事を投げ付ける。

「そうは言っても、ですね。
 本当に‥見ていて心配になるんですよ。貴女は」

彼の言葉に、硝子片を集める手が止まった。


「 ゴーシュさんは、シルベットちゃんとリーシャの心配だけしていればいいんです 」


「‥‥え‥」

棘のある声。
驚いた彼が、同じく手を止めて私の方を見る。

「‥‥放っといてください」

僅かに重なりかけた視線を外すように、再び硝子を拾う。
細かく砕け散った欠片だけが上手く集められず、やきもきとする。


「‥どうして」


不意に聞こえた、ゴーシュさんの呟き。

「どうして、そんな風に突いて離れさせるんです」

彼はまだ、こちらを見つめたままでいた。
「貴女は‥
 リーシャやジギー・ペッパーの事になると度が過ぎるほど懸命になる。
 強いて言えば、僕や館長に対してまでも‥です」

「‥‥‥」

―‥彼が言うことに、身に覚えがないわけではなかった。

だけど、それは私にとってそうするのは至極当前の事。
リーシャは私の親友で、ジギーは私の愛する人で。
ゴーシュさんは、親友の恋人だからで‥
館長は―‥


  大切なもの は、守りたい


「―‥それなのに、僕たちが貴女を気に掛けると 貴女はそれを良しとしない。
 いつも‥迷惑だと言わんばかりに距離を置こうとする。今のように」

「‥‥‥」

「何故‥ですか」

彼の視線が、刺さる。
憂いを含んだ、納得のない視線が。

「リリィ」


「‥‥関係、ないでしょ。そんなこと」


ぽつりとそれだけを返して、立ち上がる。

「‥片付け、手伝ってくださってありがとうございました。
 ハンカチも‥
 今度、新しいのをお返しします」

「リリィ‥‥。」

「配達、行ってください。
 ‥‥失礼します」

軽くお辞儀をしてから、ゴーシュさんの横を通り過ぎようとする。

「待ってください、リリィ‥!
 ‥医療室までご一緒します」

すると彼は慌てて私の右側に付いた。

「‥‥行きませんよ、医療室なんて」

「駄目です。
 軽い怪我ではないんですから、きちんと手当てしなければ」

「医療室まで行ってる暇なんて、ありませんから」

「‥‥何処へ行くつもりです」

「館長室ですけど?」

「館長室‥ですか?
 館長室に何を?」

「もともと呼び出されていましたから。
 館長室に行く途中に呼び止められたんですけど?」

「あ‥そうでしたね。
 僕としたことが、すっかり忘れていました」

廊下を歩きながら、言葉を交わす。

「‥ご同伴していただかなくて結構ですから、ゴーシュさんは配達に出てください」

「いえ、僕もご一緒します。
 それで、館長室の後に医療室に行き―‥」


「 行きません。 」


「‥強情ですね」

「そんな暇ない と、さっきも言ったじゃないですか。
 呼び出されるのはいつもの事ですけど、窓を割った始末書と配達遅延処理のお願いもありますから」

「え、配達遅延処理って‥
 どうしてです?」

「‥‥‥リーシャの配当分の遅延処理です。
 どうせ あの後そのまま家に帰ったんでしょ。
 ジギーが付いてるなら、尚更 家まで送ってくだろうし」

‥リーシャを張り倒した時、彼女の側にはジギーが付き添っていた。
彼なら きっと、あの状態のリーシャを配達に行かせたりはしないだろう。

「‥すみません、何から何まで」

「そう思ってらっしゃるのなら、ゴーシュさんは配達に出てください。
 用が済んだらすぐ出ます。
 私も 配達、ありますから」

「お詫びと言っては何ですが‥
 貴女の分、僕が配達しましょうか?」

「冗談は止してください。
 幾つあると思ってるんです」

「幾つって‥
 リリィの配当、そんなに多いんですか?」

「多いかどうかは知りませんけど‥」

今朝 郵便館の集荷場から受け取った 手紙 を見せる。
束に纏められたものが 一つ、二つ‥と、バラが数通。

「‥‥‥多いですね」

「私が担当しているのはいつもこのくらいです。
 今日は三束も無いから少ない方。
 ‥ゴーシュさんの配当は皆さんより多いんですから、私の分まで配達していたら数週間は帰って来られませんよ」

「‥いえ‥
 それにしても、この量は―‥」

「だから、用が済んだらさっさと配達に出ます。
 医療室なんていつでも行けるでしょ」

そうこうしているうちに、館長室の前に辿り着いた。

「‥配達、行ってください。
 日が暮れますよ」

「いえ、配達には貴女と一緒に出ます。
 もうここまで来てしまいましたし」

「‥‥‥。
 ‥勝手にしてください」

「そうさせていただきます」

‥結局、何度 拒否をしたところでゴーシュさんが 私に同行する という意見を譲ることは無かった。
諦めて館長室の扉を叩く。


 ―‥コン コン コン‥‥―


「失礼致します。
 館長、リリィ・フォルトゥーナです。
 遅くなって申し訳ありません」


 ――‥ああ、リリィくんか。 入って構わないよ。


部屋の主に声を掛ければ、向かいの内側から聞き慣れた優しげな男声が響いた。

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