朝方特有の、冷えた空気が残る郵便館の渡り廊下。
しんと落ち着いた冷たい空気とは裏腹に、私の胸中は往かせる場のない怒りと憤りにぐらぐらと煮えくり返っていた。

別に、あの娘が憎いわけではない。
あの娘の事を嫌いになったわけでもない。
あの娘への甘やかしが過ぎるゴーシュさん や ご都合な節介をするジギー が気に入らないわけでも、ない。

ただ、ただただ ひたすらに腹立たしい−‥

それだけだった。
この腹立たしさが、何に対しての怒りなのか。
私が勝手に怒りを露にしたところで、それが一体 何になるというのか。
私自身 それを頭で理解はしていたものの、自分で自身がどうにもならなかった。
むしろ‥
そんなロジカルなことはもうどうでもよかった、のかもしれない。

「‥‥っ‥」

ぎりぎりと噛むくちびるが、時折 弾んだ呼気を洩らす。
反射的に駆け出した先は、無意識にも郵便館の玄関とは反対側だった。
沸き立つ怒りを乗せて、廊下を走る私の脚。


「―‥っ‥リリィ、待ってください!! リリィ!」


誰かの靴音が重なる。


「 リリィ!! 」


  ――‥ぐい‥っ‥!‥――


意図せず腕を捕まれ、強く引かれた。


「 何よ!?! 」


無理矢理に引っ張られ、その反動で振り返る。
私の腕を掴んでいるのは、青い制服を来た銀髪の男―‥

「‥!
 リリィ、あのですね‥っ」

驚いているようだった。
狼狽しながら、言葉を探している。

「‥離して!
 いつまで握ってるのよ‥!」

何かを言わんとしている彼を差し置いて、怒声を放つ。
腕を返せ と引き寄せると、それよりも強い力が制止するように働いた。

「 嫌です 」

「なんのつもりよ!?」

「放せば また、駆け出すのでしょう?
 何処へ行くつもりです?」

「そんなの、あなたに関係ないでしょ!?!」

「いいえ、関係あります」

掴まれた腕をぐっと引かれる。

「さっきのリーシャを見て、リーシャが何故 僕たちを避けていたのか がやっと解りました。
 元はといえば、僕がリリィを誘った事が原因です。
 それについては、貴女にも嫌な思いをさせてしまった。
 本当に申し訳ないと思っています」

「な‥っ‥」

真剣そのもの という瞳で告げられた言葉。
それは、私の胸中を鎮まらせるものではなく―‥

「僕がリーシャの為に良かれとして考えた事が、結果的にこんな状態を招いてしまった。
 付き合ってくれた貴女は巻き添えになっただけです。
 だから リリィ、貴女が怒るのも解らなくはないんです」


 誰 が 、 何 を 理 由 に 怒 っ て い る だ っ て ―― ?


「ですが、どうして‥っ
 あんな風にリーシャに手を挙げるなんて、あまりにもリリィらしくな―‥」


  「 ふざけないで!!! 」


‥―彼の言葉は、私を更に激化させた。


「離して!!!」


「!?」

未だ縛されたままの腕を、力任せに振り解こうとする。

「もう 放っといてよ!!」

「リリィ!?!」


「 構わないで、って言ってるでしょ!?
  怪我したくなかったら この手を離しなさい!!! 」


「!?!」

私 を拘束している手を、身体を翻しながら自由の利くもう片方の腕で下からがっちりと絡め取る。
それに怯んだ彼が若干力を緩めた瞬間、絡めた腕を思いっきりに引き下げて彼の腕を取り払った。


「‥っ‥、待ってください!! リリィ!!」

勢いに飲まれた彼が前屈みにのめり込みながらも、まだ私の手を探し掴もうとする。

「‥っ!!
 触んないでよ!!!」

「!?
 言い過ぎたことは謝ります。
 だから少し落ち着いてくださ‥っ」


「 あんの‥ 馬鹿娘っ!! 」


  ――‥ガッ‥!


   ガシャン!!!!!


「 リリィ!!?! 」


彼をはね除けた、私の手。
怒気に震えた勢いのまま、その手が攻撃対象に選んだのは 私たちの側にあった郵便館の窓硝子だった。

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