その夜に開幕した 水と彩との共演の舞台。
観客は、私とゴーシュさんの二人だけだった。
風も空気も、樹も水も。
宵闇に包まれた周り全てが しんと静まり返っている。
その中で不自然に向かい合い、無言のまま佇む一組の男女−‥。
いつしか、私の背後にある噴水池に焔(ひ)がともった。
「‥つきましたね。灯り」
呟きながら後ろを振り返る。
幾つもの鮮やかな蒼い炎が、石造りの丸池を取り囲んで揺らめいていた。
「始まりますね」
「ええ‥」
ゴーシュさんの声に応えた直後。
凪いでいた池の中心から水が勢い良く噴き上がった。
「綺麗‥」
天へと昇っていくかのような水沫が、噴き上がる位置と数を変えては 美しく彩られながら軽やかに躍る。
‥星屑の噴水に施されている仕掛けについては あまりよく解らない。
けれど 照明近くに漂う独特なにおいや周囲との温度差で、暗闇の中で噴水を映し出している灯りが 燃料で焚かれている篝火 であることが理解できる。
炎を焚きつける部分は天蓋のようなもので覆われていて、水飛沫で火が消えてしまわないようになっている。
篝火の色も、射出調整(ショー)が終わるまでの間に幾つもの色へ次々と変わっていくようになっていて−‥。
‥炎の演出については 火と金属との化学反応を応用したお遊び だと、いつかに博士から聞いたことがある−‥
「 火の色を変える というこの技術も、アカツキの学者が開発したものらしいですね 」
水の織りなす戯れ事に魅了されていたようだ。
気がつけば 私のすぐ隣にゴーシュさんがいた。
「−‥質問の答えを、僕はまだ聞いていません」
“ 私 が 何処へ 行こうとしている のか”
ゴーシュさんと私の主だった関係は、仕事での先輩と後輩 といったもの。
後々に深く差し響くものではない。
私個人の行く末など、この男には兎の毛すらも関係のない話だというものを−−‥
−‥そんなことを、何故 そんなにもしつこく知りたがる。
「‥あなたは先ほど、知ってどうするのか と言いましたね」
全くもって その言葉の通りなのだ。
あなたという存在−‥ゴーシュ・スエード という男には。
大切にしていること、大切にしているもの‥
大切にしているひと があるのではないのか。
私などに構っている暇など 眇(びょう)にも無いはずだ。
「−‥覚えていますか?
僕とあなたが初めて会った、あの日のことを」
‥忘れるはずもない。
それ がそもそもの始まりなのだ。
あの悪夢の続きを、文字通りの 悪い夢の中で ではなく“現実で”物することになった。
それは紛れもなく、この男 が私の前へ現れてからなのだ。
始まらなければ訪れることも無かったであろう 新たな悪夢、新たな憎悪すらも引き連れて−‥。
「あの頃、あなたはBEEという存在を知らなかった。
BEEが何者であるのか、何をしているのか‥
そんなことを僕に聞きましたよね」
「‥‥‥。そう‥ですね。
BEEのこと、精霊琥珀のこと、鎧虫のこと‥‥
色々と聞いたわね。
‥鎧虫退治のことも」
鎧虫、退治−‥。
心を失った精霊を 殺 せ る なんて、知らなかった
‥知って、良かったのかもしれない。
それがどんな方法であれ、今まで為す術の無かった 荒ぶる鎧虫から人々を救うこと が可能であると解ったのだから。
で も 、 知 り た く は な か っ た
人に仇成す存在として、私たち人間が自らの手で精霊を害し 殺しているという事実を。
鎧虫退治という名目の元、精霊を消滅させる などという形で 私たち人間が精霊界に侵襲を加えているという真実を。
その事実 その真実が、母や私のような 精霊を愛し精霊に愛された者 を媒介として、否が応もなく成されているということを−‥。
‥歴代の女帝さまも、恐らくは私たちと同じ 精霊の−−‥
「 殺さないで、と言った 」
「‥!」
「僕が鎧虫に心弾を撃ったとき、あなたはそう言いましたよね」
‥‥なんだ。あの時の言葉か。
まったく、驚かせないでよ。
こんな時に、そんな言葉で−‥。
「銃の暴発で心弾が自分に当たってしまうかもしれないというのに、引き金を引こうとしていた僕にしがみつきまでして発砲を止めさせた。
止めて、殺さないで−‥と」
− ‥ コ ロ サ ナ イ デ
「‥あの時のことは、未だに忘れられないでいます」
シ ナ ナ イ デ
「BEEが鎧虫をおびき寄せるという俗説が出回っていますからね。
職業柄、人から疎まれることはそう珍しいことでもありません」
‥−誰かの声が 木霊する−‥
「それでも−‥
‥衝撃的でした。あの時のあなたは−‥」
シ ナ セ ナ イ − ‥
『 ア ノ ト キ ノ ア ナ タ ハ − ‥ ‥ 』
シ ナ セ ナ イ 、 ア ナ タ ダ ケ ハ − − − ‥ !
リリィーーーー!!!
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