星屑の噴水までの道程と私たちの運ぶ足の一歩一歩が、ポケットに忍ぶ時計(ときはかり)のなぞる軌跡と同じ刻を刻んでいく。

遅い時間の風の匂いが哀愁を運ぶのだろうか。

いつの間にか触れあうほどに近づいた 二人の距離。
手を伸ばせばすぐそこに、掴んでしまえる場所に 彼がいる−‥

‥私も 私の隣を歩くゴーシュさんも、どちらもが あえて言葉を交わそうとはしなかった。

居心地の良い沈黙を、彼でと私で分かち合う。

コツコツと響く、ブーツの音。
ざわめく樹々と、風脚(かざあし)の音。

歩(あゆ)まいに揺れる私の踊り娘(ルディオ)が澄みやかな鈴の音(ね)を鳴らし、纏(まと)わす宵闇たちを浄(きよ)めていく。


「 頃合い‥のようですね 」


思い出したかのように発せられる、ゴーシュさんの声。


「ん‥‥
 そうみたい、ですね」


そして 私もまた、忘れていた 音 を取り戻す。
刻(とき)知らす絡繰り装置に その双剣を阻まんとする符は無く、広場の噴水も調整前の一時的な出水停止状態にあった。

細水(ささらみず) 彩(いろ)うマズルカ まで、あと僅か。


「 リリィ 」


名前を呼ばれ、声主を見上げる。


「あなたに、聞きたいことがあります」


‥気のせい、なのかもしれない。
そうでないのかもしれない。
彼の瞳が、微かに真剣味を帯びているように見えた。

「‥‥改まって、どうかしたんですか?」

咄嗟的に、あまり有り難くないことを聞かれるのだと感じた。

「突然 聞きたいこと だなんて。
 あ、もしかして配達先の地区情勢のことですか?」

この先 待ちかまえている言葉には、笑顔というものは不似合いであろう−‥
そのことに気付かない振りをして、わざとにこやかに応えた。

「いえ、仕事の話ではありません」

それでも、彼の眼差しは敗れなかった。

「僕が聞きたいのは、あなた自身のことです」

「私‥の、こと‥?」

「ええ。
 ‥ずっと確かめたいと思っていた」

ゴーシュさんの足が、立ち止まる。


「 あなたは 何処へ行くつもりなんですか 」


直截(ちょくさい)な問い質しが突如として投げつけられる。
留まる彼を置いたまま、数歩進んで振り返った。
その人は、佇んだまま私を見つめて言葉を続けた。


「‥いつも不思議だった。

 多くの功績を求め、打ち立て、他のBEEをもろともしない それだけの実力がありながら、何故 明るみに出ようとはしないのか。
 何故 普通郵便配達員という凡(おぼ)な立場に甘んじているのか」


‥それは 申し開きなどするつもりもない話。


「 何故、与えられる責務以上のものを渇望しながらも 栄進辞令に応じないのか 」


−‥彼から言挙げされたのは、事の一片すらも聞きたくない話だった。


「‥館長から聞きました。
 あなたは自分の業績がアカツキへの転属に能(あた)うだけの功労であることを知っていながら、査定の申請には肯(がえ)んじないと−‥」


「‥‥‥。」


「‥もっとも、館長はこの先もあなたに辞令が下りずユウサリ勤務であることを望んでいる様子でしたけどね。
 あなたに転属を言い渡すのは避けたいと‥
 立場上 致し方ないとはいえアカツキへ行かせるのはどうにも気が進まない、とも言っていましたよ。
 館長はリリィに執心鐘入ですから、当然と言えば当然かもしれませんけれど」


‥‥‥館長が私のアカツキ転属を良かれとしないのは 私への執着心からではない。
以前の下剋上組織の件が噛んでいるからだろう。
私が狙われていることを知っていて、それでもなお政府直轄地のアカツキへ行かせようとするとは 館長のあの性格では考えにくい。

だが−‥

それを抜きにしても、館長も余計な話をしてくれたものだ。
よりにもよって、誰よりも強くアカツキへの転勤を望んでいる この男などに。


「アカツキへのパスは、この国に住む誰もが憧れる羨望の品。手にできる者は極わずかです。
 それを得るには並の功勲では遠く及ばない‥。

 ‥僕には、解らないんです。

 あなたの心も、あなたの考えていることも」


解ってもらおうだなんて 思っていない。
そんなこと、私にはこれっぽっちも必要ない。


「あなたの力量は並外れている。
 BEEとしても、精霊琥珀の使い手としても。
 心弾を初めとした精霊琥珀の使用に関しては特に顕著です。
 僕や他のBEEが不可能なこと、思いにもよらないようなことも、あなたは平然とやってのけてしまう」


‥‥それは、私が 精霊を知っている からだ。
精霊には意志がある。好みもある。
種族こそ異なれど、彼らは私たち人間と変わりはしない。
それを知っているのか、知らずしてただ心を餌に精霊力を行使しているのかでは歴然とした差がある。

それに−‥


 精 霊 も 私 の こ と を 知 っ て い る


「精霊琥珀に関しては 生まれ持っての資質、というところもあります。
それは天性と言うべきもので 後付けでどうにかなるものではありませんが」


生まれ持って‥か。

‥生まれて、消えた。

私‥私、は。
リリィであって、リリィではない。
リリィという娘としての生命など とうに消えている。



   消 え た 、 は ず だ っ た



「‥そして、あなたは陰ながら功績を求めている。
 手紙の配達をする傍らで 博士や館長の手伝い という名目の元、郵便配達員以上の業務を担っている。
 中には以前の囮捜査や白夜公館襲撃のような、明らかに通常業務とは懸け離れた代物にも関わっている。
 その仕事量も決して少なくはなく−‥
 ‥いいえ。はっきり言って、多いですね。
 僕からしたら 安請け合いし過ぎなのではないのかと思うほどです」


‥功績を求めて何が悪い。
私の探し求める それ は、普通郵便物の配達だけに甘んじていては 到底 足れりともしない。
功績を求めれば自ずと仕事量も増える。それは必然だ。

私には 必要なのだ。

あの人を、あの男を、あの政客(せいかく)たちを、


  探 す た め に


夢の中‥ 後ろ姿を遺した あの人 を。

母を襲った、あの汚らわしい けだもの を。


 ‥私を弄(ろう)し屠(ほふ)った、あの 下手人ども を−‥



   真 実 を 知 る た め に



冷えた疾風(はやて)が、二人の間を吹き抜ける。
悪戯な追い手が茶々を入れて駆けていく−‥

ゴーシュさんの帽子が、地面に落ちた。


「 ‥手の届かない 何処か、ですか 」


「え‥?」


「あなたの本当に行こうとしている場所は‥
 アカツキではありませんね?」


落ちた帽子を、片手で拾う。
その仕草が、やけにゆっくりとして見えた。


「確定的ではないとはいえ、あなたの今まで積み重ねてきた功業ならば 転属に足るだけの業務遂行能力者としての評価が判定されるはずです。
 アカツキへの通行証もすぐに手配可能なはず‥‥

 ‥館長が私情然りでの苛評をするとは思えません。
 しかし、あなたがそれらの申告を わざと館長に圧状(おうじょう)させている のだとすれば−‥。

 ‥アカツキへ行くことが あなたの真の目的では、ない。

 ‥‥違いますか?」


「‥‥‥。」


「僕の‥いえ、僕たちの 手の届かないほどに遠い“何処か”。
 二度と戻ることのない、そして 決して僕たちが追いかけることのできないような、何処か。

 ‥そういった“何処か”へ、あなたは行こうとしている」


笑っていない 瞳。
からかいのない、声−‥


「それが何処なのか、どのようにして行くのか。
 そのような所へ行こうとしている理由は、何なのか。

 ‥それらは僕には全く解りません。

 ですが−‥」


−‥いつの間にか、彼は私の眼前にいた。


「いつからでしょうかね。
 リリィが僕と同じ場所を目指しているのではない と思い始めたのは。

 あなたの アカツキ という言葉の奥には、別の 何か が隠れている。
 そしてその 何か は、あなたの存在自体を脅かすものである−‥。

 ‥あなたを見ていると、そう思わずにはいられないんです。

 ディンゴを持たず、持とうとせず、申し入れすらも頑なに拒み続ける。
 気心知れてもなお、自分に近づくことを良しとはしない。
 そして 自らを犠牲とした策動、あえて独りを選ぶような行動の数々。

 それらのこと全てが、自分居なくなった後のこと に布石を敷いているように見える」


ゴーシュさんの言葉が、言霊となる。
頭の中で消えない残響がぐるぐると渦を描く。



『 ‥遺言のように聞こえるんですよ

  あなたの言葉、あなたのすべてが 』



「‥っ」

「‥! リリィ‥!?」

軽い眩暈に襲われていたようだった。
知らず前屈みに揺らいだ身体を、目の前の男性が支えてくれていた。

「大丈夫ですか‥?」

「‥‥‥」



  ‥駄目



   左 胸 の 肌 が 熱 い ‥



  今は まだ駄目



    極 印 が 灼 け る



  考えちゃ駄目よ リリィ‥!




     声 が 、響 く − − ‥




「‥‥‥。解ってる」


「え−‥」

崩れていた体勢を立て直す。
彼の手から、身を離した。


「 そんなことを知って、どうするんですか 」


‥心には 氷の楔。


「仮に私が ゴーシュさんの考えた通りだったとして。
 そう考えた通りだったとしたら、止める と‥

 “行かせない”とでも言うつもりですか?

 それとも、興味心ですか?
 問い詰めて、聞き出して、自分の知りたいことを知って。

 その後は“笑って送り出してくれる”んですか?

 何もなかったみたいに、いつもみたいに、笑顔で いってらっしゃい と‥
 そう言える、言ってくれるんですか?」


「‥リリィ‥‥」


私の視界を占めるその男性(ひと)は‥

言葉を、失っていた。

真っ直ぐな光を宿す 彼の瞳(め)は。
喉笛を掻っ切り 獲物を一撃で仕留める砂漠猫(サーバル)のような私の睥睨(へいげい)を、
ただただ無言で 見つめていた−‥。


*****☆*****☆*****

甘く柔らかで優しい 過去のデート と、
一気にシリアスへ急転直下した 現在のデート。

今回も変わらずとした対比構成です。

過去のゴーシュとのデートは、今回で終わり。
甘ぁいゴーシュとのひとときは如何でしたでしょうか?(*ノノ)

次回は久方ぶりにジギーが登場します。
お楽しみに♪


以下 補足。

砂漠猫(サーバル) というのは、サハラ砂漠より南のアフリカに生息している肉食のネコ科動物です。
儚蝶世界の中では、鳳霖の勝手な趣味で表記を“砂漠猫”としてAGに生息する動物として扱っております。
他、儚蝶世界でヒロインを動物に例える場合などには ヒロイン=砂漠猫 として描かれます。

そういったお話も、いずれ何処かの話も出てくると思います。


Wed.2nd.Oct.2013.
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