カフェを後にし、夜想道を歩く。
右隣を見上げると そこにはゴーシュさんがいる。

BEEの制服。
穏やかな面立ちに、揺れ動く銀の髪。


‥‥形容し難い、不思議な心持ちだった。


仕事の帰りは、いつも独りだ。
ハリーさんが付いてくれているとき以外に、ディンゴのいない私が 相棒 を連れていることは滅多にない。
ときどきリーシャに誘われて一緒に帰ることはあるが、それも極々まれなこと。
根本的に彼女とは帰宅時間が合わない。
私が郵便館を出る頃には、リーシャは既に帰宅していることがほとんどだ。

帰還報告に向かう途中で仕事上がりの彼女とはち合って、待ってるから と言われる。

早めに配達を終わらせた後、館内で雑務の片づけをしていると 帰還してきた彼女に誘われる。

館長補助・医療斑補助といった補助業務中に、わざわざ 今日は一緒に帰ろう? などと告げるためだけに館長室や医療室にまでやってくる−‥


−‥仕事帰りにリーシャと歩くのは、いつもそんな彼女からのお誘い故だった。


「‥‥ねぇ、ゴーシュさん」


不意に話しかける。

「ん‥? 何でしょうか?」

「今夜は、お急ぎですか?」

「今夜、ですか‥?」

「ええ」

歩きながら私の方を向く。
見上げる私と、視線が交わった。

「特には。シルベットが僕の帰りを待っているので、あまり遅くなるのは避けたいところですが〜
 何かありました?」

「いえ‥‥何かある、というわけではないんですけれど」

す‥っと目を泳がせ、ポケットに繋がった懐中時計を見る。

「‥もうすぐ、星屑の彩刻(さいこく) だから。
 良かったら、観ていきません?」

‥星屑の彩刻。
広場の噴水がライトアップされてから数刻の後に行われる、イルミネーション・ショー のこと。
噴水の射出調整などのメンテナンスを兼ねて、毎日 夜間の定時に二度行われているものだ。

「ああ、星屑の噴水ですか。
 そういえば、このような時間に一度目の調整がありましたね」

「ええ。あと十数分そこそこですし。
 ここからそう遠くもないから、どうせなら と思って」

「そうですね。
 ‥リリィの方こそ、時間は大丈夫なのですか?」

「私‥?
 私なら別に大丈夫ですよ。気楽な独り暮らしですから。
 待ってる人がいるわけでもないし、ご飯を気にするディンゴもいないもの」



  ‥ 帰 り た く な い の



「そうですか。
 それなら、せっかくですし 寄っていきましょうか」

「‥‥はい♪」

微笑んで返すと、彼もまた微笑んでくれた。



   ‥‥巧いわね



音が、響く。


「‥余計なお世話よ。馬鹿」


「‥ん? 何か言いました?」


「!」


声にすらならない程度で呟いたはずが、聞こえてしまったらしい。

「いいえ、何も」

「そうですか?
 うーん、僕の気のせいですかね」

「‥空耳でも、聞こえたんですか?」

空耳、錯覚。
そういう言葉は物事を誤魔化すのにはちょうど良い。

「どうやら、そのようです。
 リリィに似た声が聞こえたような気がしまして。
 ‥変ですよね。リリィは僕の隣にいるのに」

「まぁ‥うふふ」

訝しげなゴーシュさんの様子が微笑ましい。
弛んでしまった口元を手で隠しても尚、くすくすと零れ出る笑みが周囲の空気を震わしていく−‥

いつしかそれが 空言人に惑わされた青年へと伝染(うつ)り、二人を包んだ。


何故だろう−‥
この 疑心のない安堵感は。


答えの不確かな疑問符が、ふと 頭を過ぎる。
彼に重ねた面影だけが理由なのではないのだと自分でも気付いてはいる。
だけど、それ以上のことはまるで霞の海だ。
慣れがそうさせているのかもしれないけれど−‥

‥私がBEEになったばかりの頃は、お互い
が制服姿のままで彼の隣を歩くこともよくあった。
受験以前よりの顔見知りだったということもあって、ゴーシュさんが私のことを気にかけてくれていたから。


 ‥‥新人時代から、ゴーシュさんには本当にお世話になりっぱなしね。


新しい配達先についての知識や、初めて対峙する鎧虫の対処方法、BEE‐HIVEやBEE‐HIVEに関わる人たちのこと−‥
知らないこと、知らなければならないこと は膨大にあった。
だからこそ、新米BEEにとって 親しい先輩BEEがいる ということは職場環境的にも業務遂行上でも、とても有り難いものだった。
増してや 私は、BEEや心弾という存在自体 をゴーシュさんから教わった と言っても過言ではない‥‥

ゴーシュさんがいなければ、私はBEEにすら成り得なかった。

他にも、心弾についてのアドバイスや対鎧虫戦での助力にも世話になることが多かった。
恥ずかしい話、配達先で迷子になって助けられたことも何度かある。


それが リーシャと初めて出会ったあの合同配達以来は、一変した。


‥‥違う。
リーシャと 本当に初めて会った のは、面接試験の前日だ。

翌日の配達実践による適正試験の説明と、精霊琥珀・心弾武器の一時貸与−‥


‥誑(たばか)った館長が私に渡した 虚ろな精霊琥珀。


それを破壊したのが、リーシャだった。

リーシャの心弾に強烈な印象を抱いたのを覚えている。
嫌悪、憎悪、唾棄(だき)、嫌忌(けんき)、敵意−‥
そういった負の感情が強力な攻撃力を持つ心弾となることは、ゴーシュさんから聞いて知っていた。
心弾の原理を思えば、それも納得ができた。
それが、あの時 見たもの。
リーシャの心弾は負とは真逆の感情−‥

‥‥好意、だった。

癒しに最適となるはずの、好き という気持ち。
だが、彼女の それ は何をどうしてか 攻撃特化型の心弾 に変性していた。

精霊琥珀が砕け散ったとき、周囲の精霊琥珀たちが皆 騒然とした。
‥ただ一つ、藤色の精霊琥珀 だけを除いて。

リーシャが回復心弾を撃てない という事を知ったのは これよりも随分と後の話。
最初は まさか と半信半疑だったけれど‥
博士から流れ弾の話を聞いて納得した。


人の気持ち

モノの気持ち

精霊の気持ち


心 というものは 実におかしなものだ。


‥あの時から、私たちは こうなる運命 だったのかもしれない。

リーシャだけではない。
それこそ、セントラルを拠点にして、私の故郷から配達担当区域、先々で知り合った人たちなどの 私を取り巻く人々のすべて が−‥‥。


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