ゴーシュさんからいただいた おみやげのワッフル が教えてくれた、彼の愛する小さな天使の おしゃまな秘密。
そんな話から続く、配達の話に 職場の同僚や上司の話、その他の他愛のない話。
思いの外 弾む会話が止(とど)まらず、私たちは未だお菓子とロサ・ティーの甘い香りに包まれながらのお喋りを楽しんでいた。

時折、柵の向こう側を通り過ぎていく 買い物袋を提げた親子 や 穏やかに笑いあう背広姿の男たちー‥
帰宅途中であろう人々の往来が増えるほど、知りたくないのに教えられる 流れ落ちた刻砂の積
眼の端が彼らを捉える度、もうそんな時間なのか という思いに駆られてしまう。

いつまでもこのままではいられないー‥

頭では理解していたこと。
それでも、淡く穏やかなこの一瞬(とき)に 自ら下げ幕を引きたくはなかった。


「ー‥で、ですね。
 僕は止めたのですが、その時に博士がーー‥」


ーー‥ザァ‥ッ‥‥


‥不意に駆け抜ける強い風。

私の長い髪を散らし、対した青年の言葉を奪う。
何処からか飛んできた薄桃色の花びらが 二人の間で舞い踊った。


「‥‥‥」


乱された襟足をととのえる。
風気(かざき)を操る 名も無き精霊に、帰れ と言われているような気がした。


「‥‥風が出てきましたね」


穏やかに響く男性の声。


「‥そう‥‥ですね」


女の声音ー‥私の声が、小さく返す。


「随分と時間が経ってしまっていたようですね。
 長々とすみません、リリィ」

「そんな‥‥こちらこそ ごめんなさい。
 こんなお時間まで付き合わせてしまって」

懐中時計を覗き込むゴーシュさんの姿に、一抹の寂しさを覚えた。

「いえ、僕は楽しかったですし。
 出ましょうか。家まで送ります」

すっ‥と席を立つ。

「‥‥」

「‥‥? リリィ?
 どうかしましたか?」

座ったまま立とうとしない私を、不思議そうな面持ちで見ていた。



  ‥帰りたくないなら 帰りたくない って言えばいいじゃない



頭の奥に響く鈴声。

‥‥そうか。
今夜は 天満(あまみつ)の日なのかー‥


「‥‥‥いいえ。何でも」


余韻を残す 音 を無視して、銀髪の青年に笑いかける。

「ー‥行きましょう。
 お会計はあっちですよね」

「あ、ちょっと待ってください」

カウンターの方へと歩き出すと、ゴーシュさんに呼び止められる。
振り向くと、彼は柔らかに微笑んだ。


「 会計なら、もう済ませてありますから 」


「‥‥‥え‥」

半句にもならぬ言葉が零れた。

「ワッフルを買ったついでに済ませたので。
 ‥さ、行きましょうか」

「えぇ‥!?」

すたすたと出入り口に向かうゴーシュさん。
慌てて追いかけた。

「ま、待って‥!
 こんな、駄目ですよ ゴーシュさん‥!!」

「いいんですよ。
 奢る、と言ったじゃないですか」

「でも‥‥!」

食い下がれば、歩みが はた と止められる。
そして 身体ごと向き直った。


「いいんですって。
 とても楽しいひとときでしたし。
 あなたのおかげです。リリィ。
 その分の代価くらい、支払わせてください」


‥‥瞳の光が柔らかに揺れ、優しく微笑む。
彼の表情から、それ が本心からの言葉なのだと感じた。


「ー‥いいですよね?」


にこにことしながら繋げられる 念押しの一言。
ここまで言われてしまっては、引き下がるより他は無かった。

「‥‥。
 あ‥ありがとうございます」

お辞儀とともに、お礼を告げた。

「どういたしまして。
 ‥では、行きましょう」

再び歩き始める。

「‥あの」

「なんでしょうか?」

話しかければ、今度は歩きながらこちらを振り返る。

「えっと、その‥‥
 ‥ごちそうさまでした。
 私も、とても楽しかったです」

「そうですか。それは良かった」

銀髪の下、穏やかな目顔が笑う。
彼の誠実な忠実(まめ)やかさを、今この時もまた間近で見た気がしたー‥。


*****☆*****☆*****

過去は 楽しげな寝間着選びのシーン。
甘い台詞や、ちょっぴりのときめきも入っていたり。
それとは打って変わって、現在は 切なさ漂う退店シーン。
ちょっとした対比になってますね。
そして、何やら 文字色の違う一文 が出て参りました。
天満 というのは、現代用語的には 天満月=満月、天満星=満天の星空 という意味ですが〜
儚蝶の世界では、解釈が少し違います。
‥ま、これについても そのうちに用語集に記載しておきます。

過去では、プレゼント選びの大目的は果たされました。
現在は‥リリィはどうやら帰りたくないようですね。

さてさて、この後の展開はどうなるのでしょう♪

次回をお楽しみに♪

Fri.8.Feb.2013
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