中央広場から大通りを外れた場所にある 小さな雑貨屋。
お店の外には幾つもの可愛いフラワー・ポットが並び、出入り口に置かれた木製のショップカートには 営業中 の看板がかけられている。

「‥ここよ。入りましょう」

お店の扉を開けると、突然に目に入るのはピンク色のワイヤーラックとそこに掛けられた部屋着やバスローブ。
他にも、店内には服飾から雑貨・化粧小物までがところ狭しと並べられている。

「‥これはまた、凄いですね」

狭い店内ではそれほど距離が取れず、私の後ろからくっつくようにして入ってきたゴーシュさんが呟く。

「ふふっ 結構ごちゃごちゃしてるでしょ?
 ここには女の子の必需品がほとんど全部といっていいくらい置いてあるの。
 これでいて、ここのお店が取り扱うものは良いものばかりなんですよ。
 だから、面倒くさがりでいて品質にもこだわるリーシャには御用達なんです」

くすくすと笑いながら寝間着の置かれている場所まで歩いていく。

「ゴーシュさん、女の子の夜着にはー‥‥あっ‥」


「ー‥!」


寝間着の説明をしようとして振り返ると、ゴーシュさんとぶつかってしまった。


「大丈夫ですか?」


眼前に広がる、ゴーシュさんの胸元。
微かに添えられた 腕。


「‥‥っ‥」


咄嗟に離れようとしたものの、通路が狭くて身動きがー‥


 や、やだ‥っ
 ど‥どうしよ‥‥


ゴーシュさんに我が身を預ける形になってしまっている状況が、私をパニックに貶めた。
焦れば焦るほどに頭に血が上る。


「‥リリィ? 大丈夫ですか?」


優しい彼の声が、それ に拍車をかける。


「だだだだ大丈夫です!! すみませんっっ」


落ち着こうと必死になりながら、何とか身体の触れを解いた。

「ほ‥本当にすみません‥っ
 嫌だわ、私ったら‥!」

熱い頬を両手で隠し、私を抱き留めた男性から視線を外す。
真っ赤な顔が、自分自身で想像できた。

「狭いですから、仕方ありませんよ。
 気にしないでください」

微笑むあなたの優しさが、今この時だけはとても恨めしい‥

恥ずかしさに耐えかねて背を向けた。


 ‥夜着、買いに来たんじゃなかったの?


目線の先にあるナイトガウンが事件直前の自分を巻き戻す。
寝間着の説明をしようと思っていたはずが、何をしているのだろう。
ゴーシュさんにプレゼント選びのアドバイスをする為に、私はここにいるのだ。


「ー‥えっと、ゴーシュさん」


気を取り直して、本来するべき話を切り出す。

「女の子の夜着には、上下が対になっているタイプのパジャマと、ワンピースタイプのネグリジェの二種類があるの」

棚にかけられていた形容の違う二着を手に取り、ゴーシュさんへ代わる代わる差し出した。

「こっちが パジャマ。
 下のズボンは、裾丈は長いものから短いものまでいろいろとあるわ。
 こっちが、ネグリジェね。
 ネグリジェもロングのものもあればミニスカートみたいなものもあるわね」

スタンダードスタイルのパジャマ、かぼちゃぱんつのパジャマ。
お姫さまのようなネグリジェと妖精のようなネグリジェ。

色々と取り出して見せ、最後には一番初めに手渡したスタンダードなものを指さす。

「リーシャは、パジャマの方が好みかな」

「ええ、そのようですね。
 彼女が着ているのは いつもこのようなタイプのものです」

「ズボンもそれみたいな長い方が良いわね。
 あの娘すぐ お腹冷えたー って言うから。
 ‥あ、場所 代わりますね」

「ありがとうございます」

寝間着の掛けられた洋服棚の真ん前にいた私は、ゴーシュさんがパジャマを選びやすいように とその立ち位置を彼に譲った。

「ふむ‥‥そうですね‥」

リーシャに似合う色目や柄のことだろうか。
何かに考えを巡らせながら、並べられているスタンダードタイプのパジャマの幾つもを手に取っては戻し また手に取っては戻しといった行動を何度も繰り返している。

「‥どう?
 ゴーシュさんがお好きな雰囲気のもの、あります?」

「‥え? 僕‥‥ですか?」

声を掛ければ 真剣そのものでパジャマ選びに挑んでいたゴーシュさんが、意表を突かれたようにこちらを振り返る。

「そう。今 選んでいるこれだけは、リーシャの好みは考慮に入れないで。
 ゴーシュさんの好みだけで選んであげて欲しいの」

「僕の好みだけで‥‥?
 何か、理由でもあるんですか?」

思いの外、とでも言いたげな表情。

「理由は、さっきも言ったじゃないですか。
 好きな人から贈られた夜着で眠る。
 ゴーシュさんを感じていられるのは リーシャの好みのもの じゃなくて、ゴーシュさんがリーシャに着て欲しいと思う ゴーシュさんの好みのもの なのよ♪」

立てた人差し指に添うくちびるは小悪魔の証。
悪戯な微笑みとウィンクを投げ掛けた。

「‥なるほど。
 ただ本人の好みのものを選ぶだけじゃ駄目、ということですか。
 女心 というものは難しいものですね」

「当然♪
 ゴーシュさんだって、リーシャにいつも想っててもらいたいでしょう?」

「それはそうですよ。
 本当は、いつも側にいてあげたいくらいです。

 リーシャが望むのなら、一晩中でも抱きしめていてあげたい。

 彼女に寂しい思いなどさせたくありません」

真顔で告げられる、リーシャへの熱い慕情。
恥ずかしげの翳りさえもない言出(ことで)は、彼の実直な心そのものだった。

「あ、あは‥‥
 あてられちゃうなぁ、もう‥!」

「僕の正直な気持ちですよ」

「うふふっ リーシャが聞いたら飛び回って喜びそうね。
 ‥‥そうね。ゆっくり、納得のいくものを選んであげてください。
 私はお店の中を見てますから。
 選び終わったら 声掛けてください」

「解りました。
 ありがとうございます、リリィ」

「どういたしまして♪」

ーー‥それから暫くの後。
お会計を済ませたゴーシュさんに呼ばれて、私たちは共に雑貨屋を後にした。
揺れるリボンの愛くるしい、想いの詰まった包みを持って。



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