「…夢を見るの」
「夢?」
「両親が鎧虫にこころを喰われた時の夢」
ゴーシュがはっとした。でも、私はそのまま言葉を続けていく。
「ゴーシュは傍にいなくて、私一人だけが村の人達に責められて、最後には両親にまで何で助けてくれなかったの?と責められる夢…」
「リーシャ…」
「乗り越えたと思ってたのに、今更こんな夢見て落ち込むなんて…。こんなんじゃ私、ゴーシュに嫌われちゃうね…」
私は静かにゴーシュから視線を外して俯いた。弱い私。引きずってないと思ってたのに、実際は未だに引きずっていて…。乗り越えるどころか、それ以前の話だよ…。
「………」
「ゴーシュ?」
不意に、私は岩の上へと降ろされた。どうしたんだろう?と思って、ゴーシュを見たけど、帽子で目元が隠されていて表情は分からない。
「僕はそんな事でリーシャを嫌ったりしませんよ」
優しい言葉と共に、私はゴーシュに抱きしめられた。
「でも、悲しみを乗り越えないといけないって…」
悲しみを乗り越えないと嫌われる。あの時、確かにそう思った自分もいたの。
「なかった事にして無理に明るく振る舞ったり、思い出さないようにする事を乗り越えたとは言いません。ちゃんと、自分のこころと向き合って下さい」
それを聞いて、分かった。ああ、悲しみから逃げていたんだって。ゴーシュに嫌われたくなくて、悲しい現実を見ない振りした。彼の言葉は、しっかりと私のこころに響いた。
「ありがとう、ゴーシュ。私、自分のこころと向き合うよ」
「リーシャなら大丈夫です、僕がいますから」
自分の決意をしっかりと口にして抱きしめ返せば、ゴーシュも私を抱きしめる力を強くする。
その日の夜、私は眠りについた。
「リーシャ」
後ろから聞き慣れた両親の声で名前を呼ばれて、勢いよく振り向く。
「お父さん、お母さん!」
そこにいたのは、最後に会った時と変わらない両親の姿。私は駆け寄って抱きついた。
「リーシャ、私達はあなたの事を責めてないわ。ね、あなた?」
「ああ。リーシャは私達を助けようとがんばってくれただろう。それだけで十分だ」
ぎゅっと抱きしめ返してくれる両親に、幸せを感じる。だけど突然、両親が私を抱きしめるのをやめて、背中を押した。
「だからもう行くんだ、リーシャ」
「あなたの大切な人の所へ」
「お父さん?お母さん?」
言われる言葉の意味が分からなくて、私は呆然とする。
「そろそろ別れの時間だ」
「私達からのお願いよ。リーシャ、あなたは幸せになりなさい」
優しく微笑む両親の姿が、ゆっくりと消えていく。
「お父さん!?お母さん!?」
慌てて駆け寄って手を伸ばしても、両親には届かず消えてしまった。残された私が、改めて辺りを見渡すと何もない。ただ、暗い闇が広がっていた。
「ゴーシュ…」
怖くなって、大好きな人の名前を呼ぶ。でも、返事はない。
「ゴーシュ、助けて…」
ぶるりと震える体。怖い。一人は嫌だよ。お願い、助けて…。
「ゴーシュ!!」
私は目を瞑って、必死に彼の名前を呼んだ。
「リーシャ!」
名前を呼ばれて、目を開ける。そこには、私を心配そうに見つめるゴーシュがいた。
「途中から魘されてましたけど、大丈夫ですか?」
「ゴーシュが私の名前を呼んでくれたから大丈夫」
「それはよかった」
私の頭を撫でてくれる手を握って答えると、ゴーシュは安心したように笑ってくれた。
「私ね、夢で両親に会ったの。幸せになりなさいって言ってた。だから、もう大丈夫。いろいろとありがとう、ゴーシュ」
感謝の気持ちを込めて、私はお礼を伝える。ゴーシュがいなかったら、私はきっと悲しみから逃げている事にも気付かなかった。彼がいてくれたから、私は今こうしていられるの。
「どういたしまして」
優しく微笑むゴーシュの顔を引き寄せて、私からそっと唇を重ねた。
「さてと、そろそろハチノスに帰りますか」
その言葉と共に、私はゴーシュに軽々と横抱きにされた。
「ちょ、ちょっと降ろして!」
「リーシャ」
慌てた私が何とか降りようとすれば、少し強めの響きで名前を呼ばれる。思わず動きを止めた。
「足を捻った怪我人は、大人しくしていて下さいね?」
「は、はい…」
ゴーシュの有無を言わせない笑顔に、イエスと言うより他はなくて。結局私はハチノスの医務室まで、ゴーシュに横抱きされたままだった。
希望の形
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リアルで落ち込んだ時にできた夢です。ヒロインにも落ち込ませてみました。
自分を責め続けても、何も変わらないんですよね。それを乗り越えていって、初めて見えてくるものもあると思うんです。
2010.10.14 up