「ただいまー」
「お義姉ちゃん、おかえりなさい」
「おかえり、リーシャ」
新しい我が家の玄関の扉をくぐれば、ゴーシュとシルベットが出迎えてくれる。テガミバチになってゴーシュと結婚するまではずっと一人暮らしだったから、誰かにおかえりなさいと言ってもらえるのが純粋に嬉しい。
「お腹空いたー」
「リーシャが帰ってくるのを待ってたんですよ。さあ、夕食にしましょう」
「私特製のスープもあるからね!」
シルベットの言葉に、思わず笑顔がひきつった。彼女の作るスープは、ゴーシュがいつも配達に持って行くあの激しくまずい缶詰と同じ味だったりする。残すに残せないから、いつもがんばって空腹状態のお腹に流し込んでいるの。
あの味をまあまあだと感じたのは、ビフレストから落ちて風邪を引いた時だけ。最近は少し慣れてきたようで、お腹に流し込むのも最初の頃より楽になってきたかな。慣れってすごいね。
夕食のシルベット特製スープをクリアして、ゴーシュと一緒にお風呂も入った。あとは寝るだけの時間。
「アリア・リンクと何を話したのですか?」
「気になる?」
「ええ、僕だけ除け者でしたからね」
ゴーシュの拗ねたような口調に、私はくすりと笑った。どうやら、アリアさんと話した内容について、私が何も言わなかったから気になっていたらしい。
「あのね………」
私はアリアさんと会話した事をゴーシュにも話す。彼女のゴーシュを思う気持ちや、私のこころも全部。
「ありがとうございます、リーシャ」
全部話し終わったら、ゴーシュからの突然のお礼。
「何が?」
「僕の事をそこまで想ってくれているのが嬉しくて」
頭にはてなマークを浮かべる私に、ゴーシュはふわっと笑った。その笑顔を見て、胸が暖かくなる。
「アリアさん、優しい人だね。私、正直言ってアリアさんの事苦手だったの。だから、今までずっと避けていた。でも、今はもう平気だよ」
「リーシャ…」
今までのアリアさんに対する苦手意識を初めてゴーシュに話した。おそらく、態度で気づかれていたとは思うけど。
「ねえ、ゴーシュ。何で私を選んでくれたの?私はアリアさんよりも優しくないし、美人でもないし、聞き分けだってよくない。それなのに、どうして?」
そして、私から質問する。ずっと疑問だった。アリアさんは美人で優しくて仕事もできて、実際にハチノスでも男女共に人気がある。そんな彼女と幼なじみのゴーシュが、どうしてアリアさんよりも見劣りする私を選んでくれたのか。
「リーシャが初めてだったんです。僕を僕として見てくれたのは」
教えてくれた答えは、分かるようで分からないものだった。ゴーシュをゴーシュとして見るのは当たり前な事なのに。
「アリアさんは違ったの?」
「前に、11歳よりも前の記憶がないと言ったのは覚えてますよね?」
ゴーシュは私の問いかけには答えず、逆に問いかけてきた。私はそれに、うんと頷く。私の故郷の村へ配達に行ったついでに、両親の所へ寄った時に教えてもらったのを覚えている。
「アリア・リンクとはそれ以前からの付き合いだったらしく、記憶のない僕をよく悲しげな顔で見ていました。おそらく、以前の僕と重ねるか比べるかしていたのでしょう。今でこそ平気ですが、当時の僕にはそれが苦痛でした。それから月日は流れ、僕はリーシャと出会った。リーシャは僕を僕として見てくれる。それがどれだけ嬉しかったか。だから、僕はリーシャを選んだんです」
「ゴーシュ…。今までずっとつらかったね。気づかなくてごめんなさい」
どうして気づいてあげられなかったんだろう?ゴーシュが記憶のない事を話してくれた時、私は驚きの中で喜んでいた。大事な事を打ち明けてもらえたって。そこにある彼の悲しみには気づきもせずに。
「謝らないで下さい。今初めて言った事なんですから。それに、こうして僕を支えてくれるリーシャがいますしね」
ゴーシュはそう言って、私を強く抱きしめる。私も同じように、強く抱きしめ返した。
誰かと重ねて見られるのは、つらいと思う。自分を通して違う誰かを見ているという事は、決して自分を見てもらえないという事だから。
もしも、ゴーシュが私の事を忘れてしまったら、私は記憶のない彼にかつての彼を重ねて見てしまうのだろうか?
すれ違った想いの欠片
―――――
ようやくヒロインがアリアを苦手としなくなりました。
そして、ゴーシュとの会話。やっとゴーシュが胸の内を話してくれましたね。
これも、実体験の一部が元ネタになっていたりします。
2010.08.20 up