「(寝れん)」
ベッドに横になったまま、ぼんやりと携帯を眺める。
少し遠くから聞こえる除夜の鐘は、0時をとうに越えたのにまだ音を響かせている。
ごぉん、といい音がするが、不安定なその鳴り方が、やたらと耳に残る。
無意味に目が覚めているのはそのせいだと、ひとつ寝返りを打った。
眩しい携帯で、何をするでもない。
強いていうなら、メールの受信があるたびにびくりとするくらいだ。
携帯が震える度に、はじかれたように携帯を開くが、どれもこれもあけましておめでとう の文字。
やめよう、疲れるだけだ。携帯をオフにして遠くに放った。0時になって、1月になって30分が過ぎた。それなのにまだ除夜の鐘が鳴っている。随分とルーズな儀式のせいで、あの聞き良い音のせいで、眠るコトができない。はぁ、ひとつ溜め息をついた。
がちゃり、除夜の鐘とは全く違う音した。
転げていた体を起こす。
疲れているのか、少し荒い足音が近づく毎に心臓がトクトクと早くなる。
じっと扉を見つめていれば、それは期待通りに開いた。
「…まだ起きてんのか」
「ん、」
一瞬ぎょっとして目を見開くも、それよりも疲れが勝っているのか、すぐに背を向けジャケットを脱いだ。
睨むように俺が起きているのを確認すると、さっさと寝ろ、と言葉が飛んで来る。
だけど、寝てなんかやらない。
「亜久津」
「あ?」
着替え終わったタイミングで呼び掛ければ、だるそうにしながらもベッドサイドまで足を動かしてくれる。
外でタバコを吸ったんだろう。少し煙臭かった。
「てめぇ、寝ろってい、」
「キスして」
今度こそ固まる亜久津に、畳み掛けるようにキスしよう、と言葉を投げた。
ベッドで上体だけ起こした俺と、立ったままの亜久津とでは視線の高さがちがった。
ぐっ、と首を逸らして見上げる格好はなかなか疲れる。
「…馬鹿か、んなコトしねぇに決まってだろ」
はっ、と鼻で笑うようにあしらわれれば、むっ、と腹が立った。
また背を向けようとしていた亜久津の腕を掴んで引き寄せる。
突然のコトで体勢を崩したところに少しだけ体を浮かしてキスをした。仰ぐようなキスだ。
「なにしやがる」
「キス」
してって言ったじゃろう。
そう言えば、どこぞのヤンキーのように髪を持たれて顔を上げさせられた。
必然的に視線が合う。
「キスしてって」
「断る」
「キス」
「断る」
「ねぇ、キス」
随分滑稽な絵ではないだろうか。
ギリギリと睨みつける。
「する理由が、ねぇ」
ぱっ、と髪から手を離して踵を返す亜久津を、今度は慌てて捕まえた。
「だから、な」
「寂しかった」
「…は?」
「寂しかったんじゃ」
ベッドに入る前に見たニュースでは、渋谷のスクランブルを進入禁止にするなんて話題があがった。恒例の歌番組は広い会場が満席だった。なのに、俺と言ったら。
特にするコトもなく、独りで眠ろうとしていたのだ。
そう思うと、無償にむなしくなってやりきれなかった。
言葉にすればさらにむなしくなって、掴んでいた手をゆっくり離す。
やめよう、寝よう。
すまん、それだけ言って体を横にしようとしたその時だった。
「…っ!」
さっき凶悪に髪を掴んだ手がもう一度伸びてきたかと思えば、あっという間に引き寄せられてキスされていた。食われるような、大きなキス。
むなしさも寂しさも全部一気にどこかへ飛んでいった。
「っはぁ、」
突然のキスは酸素が足りなくて苦しかった。
苦しいけれど、嬉しかった。
「満足したか」
屈めた腰を伸ばそうとする亜久津を引き留める。
「もっと、」
たくさんキスして、愛して。
意地の悪い顔をしているだろうか。
除夜の鐘でなくなるはずだった煩悩は、ルーズなスケジュールのせいでまったくなくならなかった。
明けました。