庶民の祭りというものに来たのは、初めてだ。
人は多いし、店は隙間なく乱立している。
ぎゅっと圧縮されたような空間は、耳慣れない音で満たされていた。



祭りに行かないか、と誘われて家を出てきたはいいが、日本での祭りの経験などない俺にとっては、何をしたらいいのかただただ分からない場所。
隣を歩く仁王は、いつも通りの表情ながら(旨いのか?)屋台で買ったばかりの果物入りの水飴を食べている。

「なんじゃ、跡部はなんか食わんのか」
「あぁ…」
「どうした?」

まるで見透かされるかのような気持ちがして、視線をぶつけるのを避ける。
神奈川から来たからか、制服姿の襟足が目に入った。
背負っていたラケットは家に置かせたが、着るものを貸してはいない。
簡単な私服と制服。
見慣れている茶のネクタイはなく、深い緑色のネクタイが緩く止められているだけだ。
どこかで、ミン、と蝉が鳴いた。
真昼のような日差しはない。が、熱を冷ますような雨も降らなければ、冷たい風もない。
問いかけに答えない俺に興味を失ったのか、また前を向いたその横顔に、その首筋に一筋汗が流れたのが見えた。
くっ、とYシャツの襟を寄せるように汗が拭われる。
慌ててそこから視線を逸らせば、また一口、水飴を含む姿に目を奪われた。
氷の上にあった時はその冷たさでしっかり形を保っていたそれも、少しの間にすでに飴として、熱に負け始めていた。

とろり、としたそれが、妙に扇情的だ。

「…さっきからジロジロジロジロ。なんじゃ、全く」
「おい、それは旨いのか?」
「は?…あぁ、フルーツ飴?」
「旨いのか?」
「さぁ、のぅ…」

それだけ言うと仁王は言葉を切った。

甘いもんは好かんが、コレを食べると夏って感じがするんじゃよ。

そう言って、笑うその口の端は拭いきれなかったのか、水飴でぬらりと濡れていた。

「跡部もひとく、」

それは、チープな甘さだった。
それなりのものを食べなれているからか、特別美味しいとは感じない。
しかし、熱で溶けたこの感触はなんとも言えない。

「なにをボサッと突っ立っている。さっさと行くぞ」
「お、ま…」

溶けかけている水飴を取り上げると、一練りして口をつけた。甘い。

「なんだ、熱中症…って訳でもねぇよなぁ?あーん?」
「…っ」

水飴の中で浮遊する着色料満載の真っ赤な果実よろしく、仁王の頬は色付いていた。
ドンドンと太鼓の音と、老若男女の楽しげな声。
掻き消されるような弱音に笑いながらもう一度溶けたそれに口をつけた。












夏祭り2014

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