それはものすごく繊細で触ったらいけない気がしていた。

「さぁ、制裁を」

真田をぶん殴ったのはまぁ記憶に新しい。
そう願うやつにはそれをしてやろうと心がける。
けれど、

「やじゃ」
「何故だ」

触っちゃいけない気がしてならないのだ。
綺麗すぎて触ってはいけない。
指一本も触ってはいけない。
触った瞬間弾けとんで、跡形もなく消えてしまいそうだから。
触っちゃあ、いけない。

「や、じゃ」

視線を落とすと、綺麗に磨かれたローファーが目に入った。
そら、どこまでも綺麗な柳だ。

「仁王」

はた、と視線をあげて、変に息を吸い込んだ。
目の前に、あと少しで触れてしまう距離に柳がいた。

思わず後ずさる。

足元で汚く汚れたシューズが音をたてた。
嗚呼、俺だとなんて不愉快なんだろうか。
逃げては追い付くからどんどんどんどんバックオーライ。
壁にぶつかって、可笑しな咳き込み。
殴られたかのような情けない呼気だった。

「殴れ」
「いやじゃ、」
「これは制裁だ」
「いやじゃ」
「仁王」
「いやなもんはいやじゃ!」

心臓を上から押さえつけていた手がふわりと浮い、た。
え、

「あ、いやっ、柳だめじゃ」

柳が掴んだところからどんどんどんどん熱くなる。
じくじくと手が熱くなって、手首が熱くなって、腕が熱くなって、心臓が熱くなって、頭がショートした。

「だめ、っ離して、だめじゃ…!」

触ったらいけない、触ったらいけない触ったらいけない。

暴れまくると、宙に浮いた手が柳の頬に添えられた。
嗚呼、

「怖がらなくていい」

俺は触れられたいと思っていた。

身体中の血液が沸騰したみたいに熱いせいか、柳の頬は少し冷たく感じた。
触れても、壊れないなら、

「仁王」
「…もうちょっと、もうちょっとだけこのままでいさせてくんしゃい」


もう少しだけこのままでも許されるんだろうか。










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