負けてはならないのです。
そう言った時の幸村くんの表情はあまりにも悔しげだった。
オーダーを迷っていた三強にはもしかしたら朗報になり得たのかもしれない。
「全国決勝、ここでは私を使いませんように」
全国前の海堂くんとの入れ替わり。
これがなければ私だってそんコトを言ったりはしなかった。
必殺技を見せてはいけない、それが基本であり、一番の安全策。
偽のレーザービームを撃たせるためとは言え、タネを明かした私はきっと立海では攻略されるべき人物になってしまったに違いない。
穴を1つでもあけないために選んだ方法。
真田くんや柳くん、そして幸村くんが何を言いたかったのかは検討がつく。
構いはしないのです。
悔いがないようにするのは、みなさんです。
制服に着替え終わるといつの間にか部室を出るのが最後になっていた。
電気を消して、外に出る。
と、
「仁王くん、ですか?」
「…」
応えはしないがきっと彼なのだろう。月明かりで銀色の髪が輝いた。
そして、
「っ、離して、ください」
「お前、なに言ったか分かってるんか…」
閉めたばかりの扉に胸ぐらを掴まれて押し付けられた。
くっ、と一瞬で締まった気管が少しだけ苦しい。
普段よりも数倍鋭くこちらを睨む目にほんの少 しだけ背筋が寒くなった。
「自分が、なに言ったか分かってんのかって聞いとんじゃ!」
タイミング悪く咳き込むと解放される。
睨まれたままの状況にかわりはないですが。
「…分かって、いますよ」
自分がなにを言ったか。
よく分かっている。
きっとだからこそ彼はこうして怒っているのだろう。
「俺にシングルスやらせるたぁ、どういうコトじゃ…っ!」
唐突に独りぼっちにしてしまったのだ。
練習も今日から変わったに違いないない。
もしかしたら幸村くんも伝えたかもしれない。
ダブルスであった私たちは1人ずつになってしまったのだ。
「勝つためです、勝たなければならないんです。常勝の名に背くのはこの私のプライドがよしとしないのです」
勝たなければ。今度こそ勝たなければならないのです。一度負けた相手に弱さを見せたらそこで終わり。仁王くんだって分かっていらっしゃるでしょう。
それだけ伝える。
勝たなければいけないんです。
「…許さん」
それでも彼の目に変わりはなかった。
「俺はもう絶対にお前を許さん。だから、」
「勝つ」
食いつくように、言い放たれた言葉。
「絶対にお前が後悔するくらいに、俺と一緒に試合に出れなかったコトを、コートにでられなかったコトを 、後悔するようにしてやる」
くるりと振り向くと仁王くんはそのまま走り出した。
捕まえて真意を聞くのは、やはり無粋と言うものでしょう。
小さくなっていく背中に向かって握り拳を伸ばした。
必ず、後悔させてください。
全国決勝で仁王くんがシングルスだったので。