前髪を切った。1センチ程度で、切ったとは分かりにくい。現に、学校に来てから友達に気づかれもしなかった。そんなもんだ。人の顔なんてまじまじと見るものじゃないから。


それなのに、


「髪の毛切ったんですか?佐藤さん」


黒子くんは気がついた。クラスで一番の仲良しのサオリちゃんも、隣の席の高田くんだって気がつかなかったのに、黒子くんは気がついた。だから驚いた。親しくした記憶はほとんどない。挨拶を交わす程度のクラスメイト。髪の毛切ったんですか?って聞かれたのも、「おはようございます」の続きだった。驚きのあまり鞄を床に落としてしまいそうになったが、キュッと強く握りなおした。


「切ったんだ」と簡単に答えると、黒子くんは「そうですか」と短く返事をした。・・・話題がない。話をしなくちゃいけないわけではないんだろうけど、なぜか話題を探してしまう。もうすぐ朝のHRが始まる。教室にはクラスメイトが集まりつつあり、少しだけ騒がしい。黒子くんはわたしの近くから離れようとせず、わたしの顔をまじまじと見てくる。やだ、なんか恥ずかしい。急いで視線を自分の中履きに向け、前髪をちょいちょいといじった。


「よく気がついたね」
「教室に入った瞬間、何か違うなと思ったので」


そんなこと言われると、意識しちゃうじゃないか。切った前髪を後悔した。気がつかれるのは嫌じゃない。でもこんな風に言われると恥ずかしいじゃないか。わたしの目を隠してくれる前髪は、もうない。


「短いのも、似合うと思いますよ」


きっと社交辞令だと思うし、深く考えずに黒子くんは言っているのだと思う。だからわたしが恥ずかしがって前髪をいじったりするのは、自意識過剰なわけで。恋愛に免疫のないわたしは、嬉しいことを言われたら恥ずかしくなるし、誰も気がつかなかったことに、気づいてくれるだけで、胸がドキドキしちゃうんだよ。


「ありがとう」


やっとの思いで黒子くんの顔を見る。

わたしは、黒子くんが意図せずに作ったトラップに勝手に引っかかってしまった。


HR開始5分前を告げるチャイムの音が、わたしが恋に落ちる音だった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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