夏休み、里帰りと称して赤司くんが帰ってきた。インターハイが終わって、一息ついた頃。何の前触れもなくわたしの目の前に現れた赤司くんはきょとんとしているわたしを見て、ぷっと吹き出した。そんなにわたしの顔が面白かったのでしょーか。きょとんとなるに決まっているのに。だって、赤司くんに会えるなんて思ってもみなかったから。


「ひさし、ぶり」
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「う、ん。してたと思う」
「それはよかった」


わたしの行動をどうして把握しているのだろう。日が陰って来て涼しくなってきたころ、わたしは散歩がてらコンビニに行こうと家を出たところだった。曲がり角を曲がった途端、赤司くんに会った。赤い髪の毛がビルとビルの隙間を縫う夕焼けに透けてキラキラ光ってる。ああ 奇麗だなあ。


「帰って来るなら一言、くれてもいいのに」
「そうだね。悪かった」
「ううん」


会えたから、それで良いんだ。


「寂しくはなかったかい」
「寂しくない、と言ったら嘘になる かな」


わたしが歩き出すとつられるようにして赤司くんも歩き出した。わたしと赤司くんは遠距離恋愛の真っ最中。忙しい赤司くんと毎日連絡を取り合うのは難しく、こうやって声を聞くのもいつぶりか覚えていないくらいだ。やっぱり電話の声とは全然違って聞こえるね。


「結衣が素直なんて珍しいね」
「もともと素直です」
「そうだったかな」


赤司くんは口元を手で隠して、上品に笑う。
会わないうちにあったこと、他愛もない話をして、普段大人びて見える赤司くんも、わたしと同い年の高校生であることに気がつく。赤司くんもわたしと同じように毎日学校に通っていて、宿題に追われたり、部活したり、当たり前のことをしているのに、見えないから、会えないから、そのことすっかり頭から抜け落ちていた。不安とか不満とかがわたしの心で黒い雲のようなものをつくっていたけれど、赤司くんには赤司くんの生活があるのだと思いだした途端、黒い雲は薄くなった。

学生であるわたしが使えるお金は、限られている。京都は、遠い。新幹線で行こうがバスで行こうがそれなりのお金がかかってしまう。そんなにしょっちゅう会いに行ける距離ではないのだ。赤司くんだって忙しいから、頻繁に帰って来るわけにはいかない。でも赤司くんとだから、頑張ろうって、遠距離恋愛でもやっていけるって、思ったんだ。

でもたまには会えないと、分からないことが、伝えたくても伝えられないことが、募ってしまう。

コンビニに入って、パピコひとつ手にしてレジへ向かう。赤司くんはコンビニに入らず、外で待ってると言っていた。外をちらりと見ると、ガラスの向こう側に揺れる赤い頭が見えた。お金を払いコンビニを出て、赤司くんの隣に並ぶ。パピコを半分こにして何も言わず渡すと、「優しいね」と言って赤司くんは受け取った。コンビニの中にいたときは気がつかなかったけど、どうやら赤司くんはスマホをいじっていたらしく、スマホをポケットにしまい込んだ。


「赤司くん、いつまでいるの」
「もう今夜発たないと」
「え」
「あまりゆっくりできなくてすまない」
「ううん」


またわたしと赤司くんは歩きだす。わたしの家へと向かって。普通に歩けば10分もかからない道のりを、時間をかけてゆっくり歩く。結局わたしと赤司くんが会って話していた時間は1時間もなく、あっという間に過ぎて行ってしまう。ああ 惜しいな。
行きに反して帰り道は言葉少なかった。赤司くんも、寂しいと思ってくれていると、良いな。

時間をかけてゆっくり歩いたとしても20分しかかからなくて、真っ暗になる前に家についてしまった。

次はいつ会えるの

なんて言えるはずもない。


「そんな顔するなよ」


赤司くんはそう言ってわたしと頭を優しく撫でた。赤司くんのあたたかい掌がゆっくり頭から離れていく。くしゃくしゃになった髪の毛だけが、赤司くんが撫でてくれた証拠。

そんな顔するなって言われたって、また会えなくなるんだから、笑う余裕なんてないよ、寂しくて仕方ない。


「じゃあ赤司くん笑ってよ」


そしたらわたしも笑うから。赤司くんだって、少し余裕ない顔してるよ。


「結衣に触れてる時、笑ってると思うよ」


そう言って赤司くんは、またわたしの頭を撫でた。ああ、確かに笑ってるね。赤司くんが笑っているの見ると、どうしてだろう、自然と笑えるね。

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