その人は自分よりも何歳も年上で、弄ばれているのは重々承知だった。その人に比べたら俺なんて高校生のガキんちょで、誰がどう見たって釣り合っていなかった。身長だけ高くて、そこだけで大人っぽく見られていたけど、中身はまだまだ子供でしかない。その人の気まぐれに振り回されて、俺は寂しさを埋めるためだけの、都合のいい男だった。


だからキスだって 弄ばれてるだけだって わかってたんだ。


酔っ払った彼女に呼び出された。彼女はベンチに座ってジリ、と煙草に火をつけていた。彼女が息を大きく吸うたびに赤い光がともって、越えられない壁を感じる。俺は煙草も酒も禁止されている年齢だ。梅雨入りの湿った風が、アルコールのツンとした匂いを俺のところまで運んでくる。彼女のもとへあと数歩でたどり着く。その間に出会ってから今までのことが走馬灯のように思い出された。


俺と背格好の似た人が、彼女の最愛の人だったらしい。たまたますれ違った時、彼女に袖をひっぱられた。最愛の人だと勘違いしたらしく、「どうしてここに」と言いながら、俺のことを引きとめた彼女は、最愛の人と別れた後だった。最愛と言っても世間的には許されない関係で、そのケリをつけるために最愛の人から離れるために故郷を捨ててここ、宮城に来たのだと聞いた。彼女が何度も俺のことを勘違いして引きとめるものだから、つい連絡先を交換してしまったんだ。そんなことしなければ、よかったのに。

結局俺は身代わりでしかない。
身代わりにしかなれない。


くるくる振り回されて、心底面倒くさいのに、煩わしく感じるのに。彼女から離れられない俺は、どうかしてる。連絡が入れば、必ず彼女を迎えに行ってしまうんだ。

もう眠るつもりで、お風呂入った後で、髪の毛セットしてないからペッチャンコなんだけど、そんなのどうだっていいって思ってしまうくらい、早く彼女に会いたくて。こんな夜更けに呼び出す彼女のこと、どうかしているって思うのに、どうかしているのはもしかしたら俺自身なのかもしれない。


あっという間に彼女の座るベンチの目の前だ。彼女はアルコールが回って五感がはっきりしていないのか、俺のことに全く気がつかず、瞑想するように煙草を吸っていた。


「迎えに来たよ」


そう言うと彼女は閉じていた目をうっすらあけて、俺のことを見る。「・・・」声に出さず口パクで、彼女は誰かの名前を呟いた。その名前が俺の名前じゃないなんて、すぐに分かったよ。


「ほら、帰ろう。もう遅いし」
「トオルくん」
「煙草消して、指、火傷するよ」
「・・・うん」


迎えに来てくれるのが俺だって分かってるくせに、どうして他の男の名前呼ぶんだよ。

彼女は地面に煙草を押しつけて、火を消した。携帯灰皿もったら?って言っても聞きやしなかった。「もう一本だけ」「・・・わかった」どうしてか彼女には逆らえなくて、隣に腰をかけて彼女が煙草をふかすのを待っている。「あれ、からっぽだ」よくよく見れば地面に煙草が何本も消されていた。そりゃ空っぽにもなる。


「帰ろう」


帰りたくて仕方なかった。
これ以上この煙草の煙とアルコールのにおいに包まれてしまったら、どうにかなってしまいそうだ。


「口が寂しい」


煙草を吸ったことがないから、その気持ちは全く理解できない。「トオルくん」「俺は煙草持ってないよ」「知ってるよ」彼女は狂ったように「寂しい」を繰り返す。俺は盛大に溜息をついた。迎えに来るんじゃなかった。「置いて帰るよ」立ち上がって彼女に向かって言う。彼女ははっとした顔をして、俺の名前を呼んだ。「トオルくん」その声がその目がその唇が、どうしてどうして俺のものにならないんだ。


ねだるような彼女の目に耐えきれず、俺はその唇にキスをする。無理やり舌をねじ込んむと、彼女は嬉しそうに舌を絡めた。こうすれば寂しくも何もないだろう。煙草の苦い味が俺に移る。


「トオルくんのキスは甘いね」
「結衣さんのキスは苦いよ」


こんな苦い恋なら、おちたくなんてなかった。

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