壁外調査に出ることになり、家を数日空けなくてはならなくなった。そのことを伝えると女は一瞬だけ不安そうな顔をして「わかりました」と言った。女がこの家に来てからと言うもの、必要のない居残りはせずに帰るようになったし、外泊もしなくなった。つまり、女が眠るときは、ちゃんと俺もいるということだ。しかし壁外調査に行くと言うことは、それができなくなると言うことだ。女を一人この家に残し、俺は行かなくてはならない。女も不安そうな顔をしたが、俺だって不安なんだ。

玄関に立ち、振り返るといつも通り女が立っていて、「襟が乱れてますよ」と言って俺の襟を正す。「ありがとう」いつも言わないくせに、なんでこんな時だけ ありがとう だなんて俺は言ってしまったんだろう。女は驚いた顔をして、すぐに笑顔で「いってらっしゃい」と手を振った。俺もいつも通りに「いってきます」と言って、ドアを閉めた



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たくさんの仲間が目の前で死んでいく。死にたくはないが、いつ死んでも構わないと思っていた俺を、女は変えてしまった。死にたくない。生き延びたい。巨人の体を削いで切り刻んで、その先に待つのは何なのだろうか。いつ終わるか分からない巨人との戦いに疲弊していく人間に、希望はあるのか。俺と女の未来に、光はあるのか。

俺の頭にちらつく女の いってらっしゃい の声に、顔に、答えるために俺は必至で目の前の巨人に刃を向けた。

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何の結果も残せないまま壁外調査が終わり、今日は体を休めるために帰宅することが許されたが、明日は査問会があるために結局朝早く家を出なければならない。重要事項を知る兵達の大半は調査兵団の屋敷に行ったが、俺は家に帰ることにした。何日経とうが消えることのない女の いってらっしゃい が、俺の死に枷を作る。あの言葉のせいで、俺の中に未練が生まれてしまった。その未練を残したまま易々と死ぬことはできない。

女がつけているであろうランプの光が、カーテン越しに漏れている。ドアノブに手を乗せてガチャリとドアを開くと、中からばたばたと忙しない足音を立てながら女がやってくる。俺のことを見つけて、隅々まで確認したのち、女は いってらっしゃい と俺に言った時よりも、もっととびきりの笑顔を見せて「おかえりなさい」と言う。その笑顔が、俺の背負ってきたものを背負ってくれたようで、心がスッと軽くなる。噛みしめるように「ただいま」を言うと、女はもう一度「おかえりなさい」と言った。


俺は今日もこうして、生かされている。死ぬことに枷ができたから生きているのではない。死にたくないから生きているのではない。女によって、生かされている。俺は明日もまたいってきますとただいまを繰り返すんだ。

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