俺の大事な先輩が卒業した。彼女も先輩から卒業することを決めた。


誰も居なくなった三年生の教室にポツリと彼女が立っている。すっからかんになってもなお、誰かがいる気配のする三年生の教室で、彼女は一体何を思うんだろう。校門の前では卒業を惜しむ在校生と、晴々しい卒業生たちで溢れかえっている。記念写真を撮ったり、握手を交わしたり、校歌歌ったり、・・・制服のボタン、もらってたり。彼女はそれに混じることなく笠松センパイの席の傍らで、その机を見下ろしていた。笠松センパイの落書きの残る机は、やはりまた明日も笠松センパイを待っているようだ。


「佐藤」
「・・・黄瀬」
「何してるんスか。笠松センパイ行っちゃうよ」
「うん」


それっきり彼女は何も言わなくなった。
俺は笠松センパイの近くにいたから、彼女が笠松センパイのことを好きだっていうのはすぐに気がついた。そりゃ、笠松センパイはバスケが超巧くて、まゆ毛は太いけど、バスケしてる姿はものすごくカッコイイ。分かる。でも笠松センパイは女の子がすごく苦手で、喋ることすらままならない。そんな笠松センパイを好きになった佐藤のことを、俺は不思議な女の子だと思っている。好きになったきっかけを聞いたことはない。俺も何とか彼女と笠松センパイを近づけようと思ったけど、なかなか上手くいかずに失敗して終わった。所詮先輩と後輩。それ以上でも、それ以下でもない。笠松センパイの中で多分、彼女の存在は女の子の中のトップだ。なんてもったいないことしたんだよ、笠松センパイ。あんなに一生懸命話しかけたりなんだりしてたら、誰だって佐藤が笠松センパイを好きだって分かるって。あーあ。笠松センパイは鈍感だからなぁ。


「あっという間だったなぁ」
「そ、スね」


彼女は思い返すように宙を見た。
確かにこの一年あっという間だった。そして濃かった。笠松センパイと出会えたことは、俺の中でもプラスになったことだし、成長するきっかけをくれた人だ。尊敬する。そして彼女と笠松センパイをくっつけるために奔走したことも、すごく印象に残っている。


「今までありがとね、黄瀬」
「うん」


窓から見下ろすと、校門で誰かが胴上げをされている。誰だろ。


「ちょっとだけ、胸貸してくれないかなぁ?」


二人をくっつけようとしたのは、俺の自分勝手だった。彼女に頼まれてしたことはただの一度もない。そんな彼女が初めて、俺に頼ってきた。それを断るなんて、俺にはできない。「いいッスよ」と言うと彼女は額を俺の胸に当てて、ぽかぽかと小さく叩いた。全然痛くない。小さな嗚咽が聞こえて、今まで相当我慢してたんだなぁ。と俺はやっと気がつく。


「よしよし」


絶えず俺の胸を叩いている彼女の頭に手を乗せて、あやすように撫でる。


「大丈夫ッスよ。佐藤はイイコなんだから」
「黄瀬に言われても嬉しくない」
「ひでー」
「ごめん」
「うん」
「ごめん」
「だーいじょうぶ」
「うん」
「他にもいい人絶対いるからさ」
「うん」
「たとえば俺とか?」
「えー」
「冗談冗談」
「ね、最後にもう一回やってよ」
「何を?」
「よしよしって」
「しょーがないッスねー」
「偉そうだなぁ」



「よしよし」



俺が念を込めてもう一度頭を撫でると、彼女は「よーしもう平気!」と元気よく言って俺の腕の中から離れて行った。その後ろ姿はキラキラしてて、さっき冗談って言ったのを後悔した。

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