大学入って、就職して、安定した収入を得るようになって、実家を出た。その実家に久しぶりに帰ることになった。同じ都内に住んでいながら、年末年始くらいしか実家に帰っていない。近すぎて逆に帰る気になれないからだ。今回帰ることになった理由は、実家に呼び出されたから。理由はわからないが、きっかけがなければ家に帰らないんだし、帰っておくか、という軽いノリで帰ることにした。くたびれたスーツで帰ると母親にチクチク言われそうだし、クリーニングから戻ってきたばかりのスーツに腕を通し、そのスーツで仕事をこなし、仕事後手土産を持って家に向かう。残業なくて良かった。習慣というものは怖いもので、危うく一人暮らしのアパートに帰るところだった。危ない危ない。いつもと違う路線の電車に揺られながら、街の明かりを眺めていた。


元気にしているだろうか。


俺が実家を出てから3年になる。隣に住んでいたチビは、今どんな風になっているのだろうか。俺が高校入る時、一人暮らしするからって実家出たらビービー泣いていたし、大学通うから帰ってきたら嬉しそうにして、週一は俺んちに入り浸ったり、就職して実家出るってなったら涙目になったあのチビは、どんな子になったんだろうか。


久しぶりの我が家を目の前にして、ふうとため息をつく。実家なのだから、遠慮することはないのに、ためらってしまう。インターフォンを押すべきなのか、押さずに鍵を開けて入ってしまえばいいのか悩んでいると「涼太くん?」と声をかけられた。声のした方に目を向けると、知らない人が立っていた。知らない人のはずなのに、俺の名前を知っている。・・・どこかで見たことのあるような、ないような。


「涼太くん、だよね?」
「そッスけど」
「わたしだよ、結衣だよ」
「結衣・・・?」


自分の記憶の隅々まで探る。俺の知ってる、俺のことを涼太くんと呼ぶ結衣はただ一人で、でもその結衣はもっとガキで、チビで。ってちょっと待てよ、それはずいぶん昔の記憶で、今の結衣は多分18歳くらいだ。でも今目の前に居る結衣はどうだ。背なんか高くなっちゃってるし、髪の毛だって寝ぐせなんて一つもない。化粧を覚えたのか、顔が派手になってる。俺の知ってる結衣じゃない。


俺が「大きくなったな」と言うと、結衣は安心したように微笑み、「忘れられちゃったかと思ったよ!」と言った。忘れてはいない。ただ、俺の想像をはるかに上回っていただけで。


「それに奇麗になった」
「本当?」


頷くと、昔に見た嬉しそうな顔をして、「やったね!」と言った。こういう顔は、変わってないかも。


「高校卒業したんだよ」
「おー、もうそんなになるのか」
「うん。これでまた涼太くんのお嫁さんに一歩近づきました」
「???」
「涼太くんは覚えていないかもしれないけどね」


ああ、やっぱり、変わってない。
変わってないし、その約束はちゃんと覚えている。
いつのことかは正直思い出せないけど、泣きじゃくる結衣をあやすために言った、可愛い嘘だ。


「大きくなったら、俺のお嫁さんにしてあげる」と、心の中で呟いた。18歳と11歳はロリコンって思われちゃうかもしれないけど、25歳と18歳なら、無くは無い、かな。

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