最近誰かに着けられているような気がして、気持ちが悪かった。振り返っても誰もいないし、わたしの勘違いかなとも思うんだけど、やっぱり落ち着かない。わたしにストーカー?まさか。そんなはずはない。仕事が終わって、一人家路につく。わたしのパンプスがカツカツと地面を鳴らす音と一緒に、誰かの足音も聞こえたような気がしてそっと背後を伺う。初めて、わたしの後ろを歩く人を、目にすることに成功した。全身黒い服で統一された、華奢な男性。年齢は解らないけど、若そうだ。そして、イケメン。そうなのだ、イケメンなのだ。このイケメンがわたしの後をついて歩いているなんてそんなの信じられない。わたしが歩を早めると男性も同じように早める。これはやっぱり、つけられてる?意を決して後ろを振り返ると、そこにはもう男性はいなかった。・・・やっぱりわたしの気のせいではないようだ。とにかく、今日はもうあの人を見ることはないだろう。というか、見たくない。
オートロックなんてものはついていない、女の一人暮らしには危なそうなアパートに着く。引越しを考えなくちゃいけない。もっとセキュリティのきちんとしている、治安のいいところへ行かないと。でもそういうとこは家賃高いからなぁ・・・。はあと溜息をついて鍵を開ける。ガチャリと音を立ててドアを開けてただいまーと誰もいないのに言いながら入るとそこには、玄関に見知らぬ靴が一足。サッと血の気が引いて、わたしはその場から逃げだそうとドアノブに手をかけた。誰か知らない人が、わたしの部屋にいる。合鍵を渡している人なんていない。ドアノブをひねったところで背後から「どこ行くの?」と声をかけられた。良く通る、心地のいい声。ぞくりと背筋が凍って、わたしはその場から動くことができなかった。ひたりひたりと足音が近づいてくる。わたしの背中にぴたりとくっついたその人は、ドアノブに伸びるわたしの手をそっと握りしめた。わたしの耳の裏に鼻を近づけてすんすんと匂いを嗅いでいる。・・・きもちわるい。恐怖で体が動かない。血が巡っていないように体が冷たい。危険だ。頭の中で警報が鳴り響く。なんとか首だけ動かして、わたしの匂いを嗅いでいるその人を見ようとした。


「あ、あなたは・・・」
「やあ結衣。こんばんは」


わたしの良く知る人だった。
いや、顔見知りではない。でもわたしはこの人のことを良く知っている。さっきまで一緒にいた、わたしのストーカーだ。


「うーん、それは間違ってるよ」


わたしは何も口にしていないのに、この男はわたしのことを見透かしているようで、心外だなと言う風に眉を下げた。


「ストーカーじゃなくて彼氏だよ」


・・・何言ってるんだろう、この人。


カチャリと鍵をかけなおして、チェーンまでかける徹底ぶり。その華奢な体のどこにそんな力があるのだろうか、ひょいと軽々しくわたしのことを持ち上げてお姫様だっこをする。硬直しているわたしの体は重たいはずなのに、そんなそぶりを見せずにわたしをベッドまで運んで行って、静かに下ろした。少しずつ男に慣れてきて、さっきまでは恐怖がわたしを支配していたが、今はそうでもない。沸々とこの男へ興味がわいてくる。この男は何もの?わたしの彼氏を名乗るけど、ストーカー以外の何物でもない。


「君のことをずっと見てきた」

「その俺が君の彼氏じゃないのなら、俺って君の何なの?」


いや、「ストーカでしょ」そうとしか言いようがない。でも男は首を横に振って、「彼氏だよ」と少し寂しげに言う。


「俺は折原臨也。君の彼氏」


その言葉は催眠術のようにわたしに降りかかり、いつしか呪縛になるのだった。


「わたしの、彼氏」


洗脳から抜け出せない。
男がわたしの首筋に吸いついて、赤い痕を残すと満足げに笑った。

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テーマ「人外ファンタジー」
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