認められない恋だって言うことは、わかっていた。最初から、この恋は間違っていることは解っていた。間違っていたとしても、走り出したら止まらないのが恋だ。俺の部屋にある、お気に入りのソファで膝を抱えてうずくまっている、一人の女性。俺の愛しい人。時折肩を震わせている。俺はキッチンへ行き、紅茶を淹れた。ソファの前にあるローテーブルにカップを置いて、彼女の隣に座ると、一瞬彼女は顔をあげて、俺の方を見た。泣きはらした目が痛々しく、俺は眉をひそめた。


「涼太」


かすれた声で名前を呼ばれて、俺は「なに?」とやさしく返事をした。俺の声を聞いて安心したのか、顔をぐしゃぐしゃにして、目にたくさんの涙を溜める。また膝に額をあてて、俺から顔をそむけて、泣いた。夜中の、静かなアパートの一室で、彼女の嗚咽だけが聞こえる。俺は何をするわけでもなく、彼女の横で、彼女が泣きやむまで、座っているだけ。何も考えずに座っているだけ。考えちゃいけない。考えたら、俺だって泣きたくなる。


「涼太、ティッシュ」


うずくまっている彼女がそう言うから、俺はボックスティッシュを取って来て、彼女の肩をとんとんとたたいた。チラ、と俺を見てティッシュを一枚抜くと、まず涙を拭いて、ちーんと鼻をかんだ。マヌケ面。すっぴんだから眉毛はないし、目だって腫れぼったい。でもどうしてこうも可愛く見えてしまうんだろうか。


「また旦那さんと喧嘩しんスか?」
「・・・そんなとこ」
「もっと仲良くしなって」
「わかってる」


俺も好き、旦那さんも好き、そんなわがままな彼女を、俺は好きで。そんな俺に旦那さんのこと相談するなんで悪女だよ、結衣さんは。

そうやって泣くくらいなら旦那さんと別れてよ。俺なら絶対に結衣さんを泣かせたりしない。寂しい思いも、辛い思いも、させたりはしない。だから、俺にしてよ。


「でも涼太は、わたしがここへ来なくなったら嫌でしょう?」
「・・・嫌ッス」


でも泣いている彼女を見る方が、ずっと嫌だ。


「涼太」


艶っぽい声で彼女が俺の名前を口にする。あーほら、そういうところがダメなんだよ。そういうことするから俺はいつまでたっても結衣さんから抜け出せなくなるんじゃないか。すっかり涙を枯らした彼女は、俺の膝に手を乗せて微笑んだ。俺はたまらなくなってその手を掴んで、ソファに彼女を押し倒す。首筋に顔を近づけると彼女が満足げに息を吐いて、俺は、俺は、


「結局俺は、結衣さんにとって都合のいい男、なんスよね」


最初から分かっていた。最初からこの恋は間違っていることは解っていた。わかってはいたけど、ならどうして出会ってしまったのか。出会わずにいることはできなかったのか。


「大嫌い」


大嫌いになりたい。


「結衣さんなんて、大嫌いだよ」


実際俺は自分のことを泣き虫だと思うし、演技で泣けって言われたら簡単に涙を流すことはできるけど、彼女の前で泣いたことはなかった。彼女が泣くから、俺は泣かないでいようと決めていたんだ。でももう無理。俺の涙はぽたぽたと彼女の顔に、首に、胸に、落ちていって、行為の最中にもかかわらず、俺は泣き続けた。大嫌いと口にしても、嫌いになることはどうやらできないらしい。彼女はそれに気がついている。俺が彼女を嫌いじゃないことにも、俺が泣いていることにも。


「大嫌い」

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テーマ「人外ファンタジー」
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