大丈夫じゃない。


彼はわたしを好きだと言ってくれたけど、心のどこかでそのことばを丸々信じられないわたしがいた。それは彼に対して裏切りになる。


「佐藤サン?」


隣に並んで歩いていた彼が、急にわたしの顔を覗き込むようにして視界に入ってきた。「話聞いてた?」と言われて、わたしは彼の言葉を右から左へと流していたことに気がつく。 慌てて「ごめん、何の話だっけ?」と言うと、「疲れてんスか?」と彼は心配そうな顔をした。


「ううん、大丈夫だよ」
「そうなら、いいんスけど」


彼を大好きなのに、彼を信じられないわたしのことは好きじゃない。大好きなのに。だから告白をしたのに。

わたしのことを知ってもらえたらいいや、そんな気持ちで告白した。玉砕するだろうと、当たり前に思っていたわたしに、彼は答えてくれた。名前も知らないわたしと付き合うと決めた彼の心はわからないけど、きっと気まぐれだったんだと思う。棚から牡丹餅のようなお付き合いの始まりだった。どうやったら振り向いてくれるんだろう。どうしたら彼はわたしのことを好きになってくれるんだろう。考えて考えて、お弁当作って気を引こうとしたり、彼の迷惑にならないように、会いたいとかそういうことは口にしないようにしていた。
二人一緒にいても、いつも一人でいるみたい。彼の心はいつもどこか遠くにあって、わたしの隣にはなかった。始めてデートした時、彼は誰かの後ろ姿を見て、悲しそうな、寂しそうな顔をした。そういう顔をする彼を見たことがなかったから、気がついたんだ、わたしには敵わない人がいるって。その人がいるから今まで彼は特定の彼女を作っていなかったんだって。そんなに勘が鋭くないわたしだけど、彼のことだからすぐに分かってしまう。ずっと好きだった、から。


でも、彼がわたしの名前を呼んで、わたしのことを好きだと言ってくれた。初めて抱きしめられた時よりも、もっと強い力で、わたしを抱きしめてくれた。




それなのに、
あの日の、黄瀬くんの瞳が、忘れられなくて。




「なんか今日の佐藤サン変ッスよ」
「そうかなーいつも通りだよ」
「変ッス」


おどけたように笑ってみせると、彼はわたしの顔を覗きこむことを止めた。まっすぐに前を見た彼の横顔を見上げると、困った顔をしている。困らせたくないんだけどな、迷惑になりたくないんだけどな。こういうとき、どうしたらいいかわからなってしまう。溜息をつきそうになるのをこらえて前を向いた。左手がコツン、と彼の手に当たって、わたしの左手は彼の右手に包まれた。あったかいなぁ。


考えたくはないけど、もし、わたしと、別れたら。


「佐藤サン」
「なに?」


わたしに良く似た背格好をした人の後ろ姿を見かけたとき、黄瀬くんはわたしが忘れられないあの瞳で、その人のことを見つめるの?


「大丈夫じゃなかったら、言ってくださいッス」


きゅう、と強く握られて、心地よい痛みが左手に走る。願わくば、この手といつまでもつながっていたい。

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テーマ「人外ファンタジー」
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