黄瀬くんって、実は風邪、引きやすいと思う。


「大丈夫?」
「大丈夫ッス」
「そうは見えないけど・・・」


デートの約束をしていた日曜日。彼から「風邪をひいて今日デートできない」とメールが届き、わたしはすぐさま家を出た。すぐと言っても、もう出かける準備は終わっていたので、そのまま家を出てスーパーへ向かう。買い物かごに適当に食材を詰め、急ぎ足でスーパーを後にする。彼の住んでいるアパートへ辿り着き、インターホンを押すと赤い顔をした彼がドアを開けた。見るからに熱がありそう。「やっぱり来てくれたんスね」と弱々しく笑う彼をベッドへ寝かせて、大丈夫?と問いかけた。


「昨日撮影で半そで着たりしてたから、寒かったんスよ」
「もう夏服の撮影してたんだ」
「そッス」
「辛いでしょ?喋らなくていいよ」
「ありがと」


彼は長いまつ毛を閉じる。それを見届けたわたしは静かに部屋の掃除を始めた。風邪をひいたりすると彼は部屋を散らかすらしい。部屋には無造作に私服が散らばっていて、そこらかしこにスポーツドリンクのペットボトルが転がっていた。一通りの掃除が終わったころには彼はぐっすりと眠りについていて、わたしはうどんを作ることにした。風邪にはやっぱりうどんだと思う。うどんが出来上がり、彼を起こそうかと思いベッドへ行くと、すごい汗を流しながらうなされている彼がいた。嫌な夢でも見ているのだろうかと心配になる。急いでタオルを濡らしてきて、彼の額に浮かぶ汗を拭く。どうすれば彼を守ることができるのだろうか。祈るように汗を拭いていると、彼がうっすらと目を開けた。


「・・・佐藤、サン」


かすれた声で彼はわたしの名前を呼ぶ。できるだけ明るい声で「うどんできたよ」と言った。うなされていた彼を救う術をわたしは知らない。だからできるだけ明るくしようと思った。彼はまた目を閉じて、長い息を吐いた。


「目が覚めて、佐藤サンがいてくれてよかったッス」


額に手を乗せて、彼は「わー俺すげぇ汗かいてたんスね」とひとりごちる。その様子はいたっていつも通りで、どんな夢を見ていたのか、聞くことはできなかった。「タオル取ってくるね」と言って立ち上がると、彼はわたしのスカートの裾をきゅっと掴んだ。それに気が着きわたしは立ち止る。「黄瀬くん?」振り返ると彼はさっきと変わらず額に手を乗せたまま、わたしを見ずに、「行かないで」と言った。あの、彼が。あの、黄瀬くんが、わたしを必要としている。わたしに、甘えている。ストンとベッドの脇に座り、わたしのスカートの裾を掴んでいた彼の手を握る。とても熱い。彼の手が熱いからなのか、わたしの手も冷たいわけじゃないけど、彼は「佐藤サンの手、冷たいッスね」と言った。


「佐藤サン」
「なあに」
「佐藤サン」
「うん」
「佐藤サン」
「ここにいるよ」
「・・・うん」
「寝てもいいんだよ」
「でも、そばに佐藤サンがいるから」


寝るわけにはいかないッス と言って、また長い息を吐く彼。喉が痛いのだろうか、時折咳き込む。わたしがいるとかいないとか、気にしなくていいのに。はやく風邪を治してもらいたいのに、わたしはなにも彼にしてあげられることができなくて、風邪を代わってあげることもできなくて、ほんと、どうしたらいいんだろう。彼は額から手をどかして、またうっすらと目を開き、「よかった、ちゃんといた」と笑った。風邪引いてるのに、笑いかけてくれる彼の優しさに胸が少し、痛くなる。


「ちゃんといるよ」


彼は頷いて、わたしの手をきゅっと握った。反対の手で彼の額に触れると思ったよりも熱い。「やっぱり佐藤サンの手、冷たいッス」そんなことない、のに。彼の目を見られなくなって、わたしは視線を下げてしまう。そんなわたしに気がついたのか、彼は


「・・・結衣」


わたしの名前を呼んだ。
はっとして彼のことを見ると、目を閉じて、スースーと寝息を立てていた。


「寝言・・・?」


本当に寝ているかどうかは確かめなかった。わたしは立ち上がりキッチンへ向かう。「うどん、のびちゃったな」鍋の前に立ち、ひとりごちた。この声は彼には届かない。

彼に名前を呼ばれて、わたしの体は熱くなる。さっきの彼の額と同じくらいになってしまったんじゃないだろうか。名前を呼ばれただけで、こんなにもドキドキしてしまうなんて。

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